渡航前の医療
海外勤務を10倍楽しく過ごすための10のアドバイス 精神衛生コンサルタント 近藤 裕
この記事で書かれていること
昨今、海外勤務をネガティブに受けとめるビジネスマンやその家族が増えている。海外生活に伴う楽しさへの期待と共に必然的に生じる不安や心配に圧倒され、憂うつな日々を過ごすかどうかは個人の対応の仕方にかかっている。海外において積極的な姿勢を持ち得るか否かによって、ビジネスの成果もかなり異なったものとなる。
異文化との接触を「自分で考え」「日本を考える」機会として積極的に受けとめよう
異文化との接触において体験するさまざまなカルチュア・ショックや文化の摩擦によって生ずるストレスを避けるために異文化との交流に消極的になるのは人生のマイナス指向につらなる。異文化と積極的に交流することにより、自分の人生観、世界観を広げるというプラス指向の生き方こそ、海外生活を有意義に、楽しく過ごす秘訣ではないだろうか。
外に出る勇気を持とう
「なんでも食べ、なんでもやってみて、だれとでも話してみる」ことで、人生が広がる。異文化の理解も深まることになる。海外で生活することと、異文化と交流することとは違う。日本人社会の殻の中に閉じこもって生活をするのでは租界に移住したことと変わりない。また、異質性が脅威の対象となることもあるので、そのためにも、自己のアイデンティティをしっかりと固めておくことが大切であろう。
自分にとって異質なもの(価値観・行動様式・習慣など)は,現地の人々にとっては異質でないことを忘れないこと
日本の文化に歴史があると同じように、外国の文化にも長い歴史の背景がある。自分にとって馴染めないもの、異質なものへの嫌悪感、不快感を克服し、拒絶する前に「なぜ?」と問うことが必要である。「なぜ?」と問うことで「何か」を発見する喜びを体験することにもなるだろう。
「相 違」の存在が,人間の特徴であることを忘れないこと
人間の世界に相違はつきもの。相違をあってはならないことと考えずに、それを活かして役立てるノウ・ハウを学んだ方が得策というもの。異文化との接触において、相違・対立・葛藤をどのように管理するかで、外国生活が憂うつになるか、楽しくなるかが決まるといってよいだろう。
相手の「世界」に入り,相手の心,相手の「世界」を見る姿勢を持つこと
相手の立場に立ってモノを見るという心構えが人間関係の葛藤の解消に役立つが、異文化問題の摩擦の解消のためにも不可欠である。複眼的視野を持つことが人間の成熟性(未成熟な子どもは自己中心的)の証拠だが、同時に、人生や世界が広がり、楽しくなる。
日本語によるコミュニケーション能力を身につけること
自分の考えや気持ちを相手に伝え、相手の言うことに傾聴する能力が低い人は、外国語に通じていても外国人とコミュニケートできない。外国語を用いて相手の国の人々とコミュニケートできるということは、外国語を知るだけでは不十分である。コミュニケーション・スキルが必要である。
相手の国のコミュニケーション・パターン(文化的・言語的)の習得も必須である。さらに日本語によるコミュニケーション能力に長けていることがすべて基本である。
人間としてのコミュニケーション能力に長けている人は、わずかの外国語でも、現地の人との人間関係を築くことができる。
日本の文化を理解していること
日本の文化を理解していなくては現地の人々と交流はできない。「歌舞伎」「生け花」が日本の文化のすべてではないだろう。外国人とビジネスを超えて、文化的な面でも語り合えるような深いつき合いが今日求められている。日本人に特有な価値観、行動様式、コミュニケーション・パターンなどを理解していることが、相手の文化の違いの理解や、異文化への適応を容易にすることにもなる。
「頼りになる人」「信頼できる人」を少なくとも一人持つこと
人間は他人のサポートなしには生きられない存在である。ストレスが何かと多い海外生活において、だれか一人、「頼りになる人」がいるかいないかによって心の健康のあり方が大きく変わるものである。困った時に相談できる人、自分の本音を出して話せる人が一人でもいると心強い。そういう人が日本人であればそれにこしたことはない。しかし、ビジネスの世界では、信頼できる相談相手を現地人の中に一人持つことが大きな助けとなる。
相互にサポートできるような夫婦関係を保つこと
もっとも身近なところで自分を理解してもらえる人(理解してもらいたい人)は「妻」であり「夫」であるはずである。海外生活においての妻の役割は日本にいる場合とは異なる面が多いので、戸惑い、そのことが夫婦間の葛藤の原因となることがよくある。まず夫の海外でのビジネスは「夫婦ペア」で行うものと覚悟することが必要である(特に管理職にある人にとっては)。しかし、これまでに夫婦が別々の世界に住んでいるかのような生活をしていたカップルにとっては、この新しい役割、関係に戸惑いを感じたり、葛藤の原因にもなりかねない。そういう意味では、出国前の夫婦関係を調整しておくことが不可欠となる。
生きがいを感じさせることに携わる
海外に移住することには多くの喪失体験が伴うものである。親族や友人、自分の職場、同僚などとの一時的な離別など。夫に帯同する妻や子どもの場合も同じである。特に、仕事を持っていた妻が、その職をはなれる場合の喪失体験は大きい。現地において、自分の成長に役立つ趣味でもよいし、ボランティア活動に参加し、社会奉仕することもよいだろう。自分の存在価値を維持できるなにかをすることが大切で、「家から出る。手や足を動かし、口を使うこと、体を動かすこと」が海外生活でのメンタル・ヘルスの維持に欠かせない。
最後に海外に赴任するビジネスマンやその家族に共通するアドバイス。「なにもかもすべてを完璧にやろうとせず自分に出来ることからまず始めること」が大切。気負わず、焦らず、一歩一歩、確かな歩みを続けることである。そして、自分に分からないこと、解決できないことは、臆せず、他人に相談することである。海外に送り出す企業の側においても、そのような対応ができる体制、支援体制を整えることが不可欠であろう。
日本の国際経済のあり方に対する厳しい評価や批判を多く聞くこの頃である。海外で勤務することは、多くの批判の眼にさらされて生活することでもある。そのことが生み出すストレスを克服するためにも、異文化と交流し、心情的絆を結ぶことが必要ではないだろうか。
フレンズ 帰国生 母の会 「フレンズだより」より
著者(近藤 裕)略歴 昭和3年生まれ。
早稲田大学、西南学院大学、九州大学などで学ぶ。米国に2回留学、教育学博士(臨床心理)。米国カリフォルニア州バークレー市、ヘリック病院、心理相談室長を経て、現在、ライフマネジメント研究所長、東京女子大学講師、日本海外投資(株)顧問コンサルタント。著書に「海外生活の精神衛生管理」(東洋経済新報社)、「新・アメリカ診断・ヨコ社会の行動原理」、「成功への心の科学」(PHP出版部)、「夫と妻の心理学カルチュア・ショックの心理」(創元社)、 「異文化適応講座」(TBSブリタニカ)などがある。