海外赴任の準備
海外駐在がもたらす「夫婦のすれ違い」とその回避策
―表面の会話と内面の葛藤をどう埋めるか―
海外駐在は、駐在をする人のキャリアにおける大きなチャンスである一方で、夫婦関係にとっては大きな試練にもなります。駐在を「命じられる側」と「それに帯同するか判断する側」では、同じ出来事であっても認識や感情に大きな差が生まれやすいからです。本稿では、そのすれ違いの構造を整理し、回避のための視点を解説します。
公開日:2026年4月28日
この記事で書かれていること

1. ポジティブに返す反応(前向きだが“ズレ”が潜む)ケース
駐在者(A)とパートナー(B)とします。
A「実は、海外赴任の話が来ていて…来年からロンドンの可能性が高いんだ」
B「え、すごいじゃん!チャンスだね!」
A「そうなんだよね…会社的にも結構期待されてて」
B「いい経験になるよ。私もついていこうかな!」
A「本当に?仕事とか大丈夫?」
B「うん、なんとかなるよ。せっかくだし一緒に行こう」
一見理想的に見えますが、パートナー側の不安が言語化されないまま進むため、後から問題やすれ違いが噴出するリスクを秘めています。
このパターンの場合、パートナー側はキャリア断絶に対する不安をその場では表明していません。しかし、なぜこのような“後からの葛藤”が生まれるのでしょうか。
その背景には、帯同者特有の構造的な問題があります。
帯同者の葛藤は、単なる環境変化ではなく「自己喪失」にあります。海外帯同では、仕事・収入・社会的役割・人間関係が一度に失われるケースが多く、その結果、「自分の存在価値が分からなくなる」といったアイデンティティクライシスが発生しやすい状況です。
実際、帯同後半年でメンタル不調を感じたという話も良く見られます。また、駐在員本人は業務を通じて社会との接点を維持できるのに対し、パートナーは孤立しやすい点も大きな違いです 。
さらに近年では「駐夫」という形も増えており、収入逆転や役割変化による自尊心の揺らぎも報告されています 。これは男女いずれにも共通する問題であり、これまで仕事をしていた側が「支える側」に回ることへの心理的抵抗が根底にあります。
2. 同意も不同意もない反応(静かなズレが広がる)のケース
ここでも同様に駐在者(A)とパートナー(B)とします。
A「海外赴任の話が来ていて…来年から行くかもしれない」
B「…そうなんだ」
A「まだ決定じゃないけど、前向きに考えてる」
B「ふーん」
A「どう思う?」
B「まぁあなたが行きたいならいいんじゃない」
A「…そっか」
この事例では問題は衝突ではなく、対話が深まらないことです。
そして、この「対話の停滞」を生む背景には、駐在特有の構造的問題があります。
駐在に関する最大の構造的問題は、「意思決定の主体が片側に偏る」点です。
多くの場合、駐在は企業から個人への打診であり、夫婦の共同意思決定ではありません。そのため、
- 駐在者:受ける前提で考える
- 配偶者:突然選択を迫られる
という非対称性が生じます。
帯同するか、別居するか、退職するか。いずれも人生に大きな影響を与える決断であるにもかかわらず、準備期間は限られています。帯同前の段階では、実際にどのような変化が起きるのかを具体的にイメージすることは難しいものです。その状態で重要な決断を迫られるため、理解や納得が追いつかないまま話が進んでしまうことも少なくありません。この構造が、後の「納得感の差」を生み、関係の歪みにつながる可能性があります。
3. ネガティブな反応(衝突はあるが“本音”は出る)のケース

こちらも同じく、駐在者(A)とパートナー(B)とします。
A「海外赴任の話が来ていて…来年から行く可能性があるんだけどどう思う?」
B「ちょっと待って。それって私どうなるの?仕事辞めてついて来いってこと?」
A「いや、まだ完全には決まってないけど…」
B「こっちの都合もあるんだから、簡単に言わないでほしいんだけど」
A「でも会社としては大事な話で…」
B「あなたの仕事でしょ?なんで私が全部犠牲になる前提なの?子ども達はどうするの?」
A「そんな言い方しなくても…」
感情的対立はありますが、論点(キャリア・負担・不公平)は明確に表出しています。
そして、これらの論点の多くは個人間の問題に見えながら、実は企業制度とも深く関係しています。
例えば、
- 配偶者の就労を制限するビザ条件
- 退職せずに海外でリモートワークで働き続けられる制度の有無
- 海外帯同休職制度の未整備
といった制度的制約が、配偶者のキャリア継続を難しくしています。
今回の事例の場合は、パートナーがそもそも仕事を辞めたくないという意思が強い中でどのようにキャリアの両立や心理的なサポートをできるのかが問われます。
企業側の支援も「駐在員本人中心」で設計されているケースが多く、家族の適応や就労に関する支援は後回し・未整備になりがちです。その結果、配偶者の不満やストレスが蓄積し、駐在そのもののパフォーマンスにも影響を及ぼす可能性もあります。
4. すれ違いを回避するための視点
では、このような構造的・心理的なギャップをどう乗り越えるべきでしょうか。
第一に重要なのは、「感情の言語化」です。
パートナーの「不安だけど応援したい」「キャリアを失うのが怖い」といった本音を、判断前に共有してもらうような問いかけが駐在者側からは必要です。パートナー側もその会話の中できちんと自分の想いを出すことが重要となります。
第二に、「選択肢の複線化」です。
近年はリモートワークや現地就職など、多様な働き方が広がっている。帯同=キャリア断念という前提を疑うことも大切です。
第三に、「企業との交渉・活用」です。
休職制度やサポート制度の有無を確認し、場合によっては駐在帯同開始時期や駐在期間などの条件交渉も視野に入れるべきです。実際にパートナーのキャリアを尊重して帯同時期を遅らせてもらう交渉をしたり、パートナーの現地就労の許可を得たケースもあります。駐在は個人だけでなく家族単位のプロジェクトであるという認識が会社側にも夫婦側にも求められます。
キーワード
- 感情の言語化
- 選択肢の複線化
- 企業との交渉・活用
まとめ

海外駐在における夫婦のすれ違いは、個人の性格や努力不足ではなく、
- 心理的ギャップ
- 意思決定の非対称性
- 制度的制約
という構造的要因から生じます。
海外駐在において問題なのは、意見の対立そのものではありません。本当のリスクは、「本音が出ないまま表面上の合意してしまうこと」にあります。重要なのは、「表面上の合意」ではなく「内面の納得」を揃えることです。
そのためには、早い段階での対話と選択肢の整理、そして企業制度の活用が不可欠です。また家庭内だけでなく企業とも交渉することも視野に夫婦双方が協力し駐在という大きなイベントを乗り越えることが肝要です。
駐在はキャリアの転機であると同時に、夫婦関係の再設計の機会でもある。その前提に立てるかどうかが、成功と失敗を分ける分岐点となります。
– 寄稿 –
柳本 純一郎(世界に広がる駐夫・主夫友の会) 2024年12月よりイギリスにて駐在帯同中
【世界に広がる駐夫・主夫友の会(代表・ファウンダー:小西 一禎)】
2018年秋、フェイスブック上のグループとして、4人でスタート。現役駐夫、帰国済みの駐夫OB、海外同行を控えたプレ駐夫の三層で構成する。最新(2026年2月現在)のメンバー数は、約240人。コロナ渦前から、オンラインでのキャリアセミナーや飲み会を開催し、レアな男性ならではの悩みや思いを共有してきた。現役駐夫は世界5大陸に散らばり、メンバー数が多い米ニューヨークエリア、シンガポール、タイ・バンコク、英ロンドンなどでは、駐夫同士だけでなく、家族を含めたリアル交流を展開している。メンバーが抱える共通かつ最大の悩みは、日本社会との親和性に欠ける「男性のキャリア中断」を経て、日本に帰国した後のキャリア再設計・再構築。https://note.com/chuotto

