赴任先での生活
アメリカ駐在に帯同する方へ|「何もしていない」と感じてしまう日々との向き合い方
海外で暮らし始めて、仕事をしていない時期が続くと、「今日も何もしていないな」と感じることがあります。朝起きて、家のことをして、スーパーへ行って、気づけば夕方。「私、今日何してたんだろう」と、なんとなく焦ったり、落ち込んだり。
でも、本当に何もしていないのでしょうか。
仕事というわかりやすい軸がなくなったことで、「やったこと」が見えにくくなっているだけかもしれません。そして、そんなふうに感じる日があること自体も、海外生活では決して珍しいことではないのだと思います。
公開日:2026年8月27日
この記事で書かれていること
「何もしていない」と感じても、本当に何もしていないわけじゃない
日本で仕事をしていた頃は、「今日はこれをやった」と言えるものが毎日の中にありました。出勤して、メールを返して、会議に出て、仕事を終える。忙しい日は、「今日も一日よく働いた」と思いながら帰ることもあったと思います。仕事があることで、一日の始まりと終わりがはっきりしていて、自分が何をしたのかも見えやすかったのかもしれません。
ところが、海外に来て仕事をしなくなると、そのわかりやすい「ものさし」がなくなります。
朝起きて、家のことをして、スーパーに行って、必要なものを買う。子どもの学校から来たメールを読んだり、病院や銀行の予約を取ったり、慣れない言葉で何かの手続きをしたり。気づけば一日は終わっているのに、「今日は何をした?」と聞かれると、なぜか「特に何もしていない」と答えたくなってしまう。
でも、よく考えてみると、何もしていないわけではないんですよね。特に海外では、日本ならさっと終わるような用事に思った以上に時間がかかったり、ひとつの手続きを終えるだけでぐったりしたりすることもあります。
それなのに「仕事」や「成果」のような目に見えやすいものがないと、自分がやったこととして数えにくい。
「何もしていない」と感じる日は、本当に何もしていないのではなく、これまでとは一日の測り方が変わっただけなのかもしれません。
仕事というルーティンを失えば、生活のペースが変わるのは当然

仕事をしていると、良くも悪くも一日の時間割がある程度決まっています。何時に起きて、何時に家を出て、何時まで働く。月曜日になれば一週間が始まり、金曜日になれば「今週も終わった」と感じる。平日と休日の違いもはっきりしています。
海外赴任に帯同して仕事を離れると、そうした当たり前だったルーティンが一気になくなることがあります。朝、急いで起きる必要もないし、決まった時間にどこかへ行く必要もない。予定がない日は、自分で一日を組み立てなければなりません。
最初のうちは、「こんなに自由な時間があるなんて」とうれしく感じるかもしれません。でも、その状態が続くと、だんだん曜日の感覚が薄くなったり、一日の区切りがわからなくなったりすることもあります。そして、夕方になって「今日も何もしなかったな」と感じてしまう。
でも、考えてみれば、それまで何年も続けてきた生活のリズムが突然なくなったのですから、すぐに新しいペースができなくても不思議ではありません。
しかも、海外に引っ越すということ自体、大きな環境の変化です。言葉も違えば、買い物の仕方も、人との距離感も違う。そんな環境の中で、以前と同じように毎日を過ごそうとするほうが、実は難しいのかもしれません。
「前はもっと動けていたのに」と比べるのではなく、「今は新しい生活のペースを作っている途中なんだ」と考えてみる。それくらいの余白があってもいいのではないでしょうか。
「何かしなきゃ」と無理に予定や成果を作らなくてもいい
「何もしていない」と感じると、今度は「何かしなきゃ」という気持ちが出てくることがあります。
せっかく海外にいるんだから英語を勉強しよう。資格を取ろう。習い事を始めよう。ボランティアをしよう。現地でしかできないことに挑戦しよう——。もちろん、自分が「やってみたい」と思って始めるのであれば、どれも素敵なことだと思います。
でも、「何もしていない自分」が嫌だから、空いている時間を何かで埋めなければと思っているのなら、少し違うのかもしれません。
海外で過ごせる時間には限りがあるからこそ、「この時間を無駄にしたくない」と思うこともあります。周りで語学学校に通っている人や、資格の勉強をしている人、仕事を始めた人の話を聞けば、「私も何かしたほうがいいのかな」と焦ることもあるでしょう。
そんなとき、「今日やったことを3つ書いてみよう」「小さなことでも自分を褒めよう」といった方法が助けになる人もいると思います。でも、それさえ「毎日ちゃんとやらなきゃ」と新しい課題になってしまうなら、無理にやる必要はありません。
「何もしていない」と感じたら、必ず前向きに考え直さなくてはいけないわけでも、その気持ちを打ち消すために新しい予定を入れなくてはいけないわけでもない。
何もしなかったように感じる一日があってもいい。まずはその一日を、すぐに「変えなければいけないもの」にしないこと。それだけでも、「何かしなきゃ」という焦りから少し距離を置けるのではないでしょうか。
「またきたな」と眺めていると、その気持ちが去っていくこともある
私自身も、アメリカで暮らし始めた頃、「今日、何もしていないな」と思うことがよくありました。特に予定のない日が続くと、「このままでいいのかな」と焦ったり、自分だけが立ち止まっているような気持ちになったりすることもありました。
そんな気持ちになると、最初の頃は「いや、そんなことない。今日は買い物にも行ったし、家のこともしたし」と、何かやったことを探して、自分を納得させようとしていたように思います。
でも、しばらく暮らしているうちに、そういう気持ちはずっと続くわけではないことにも気づきました。
「私、何もしていないな」という気持ちは、波のように、ささーっとやってくる。そして、しばらくすると、気づかないうちにまた、ささーっといなくなっている。
それがわかってからは、その気持ちがやってきても、無理に押し戻そうとしなくなりました。「おっ、またきたな」と、少し離れたところから眺めてみる。「今はそう思っているんだな」と、そのままにしておく。そうすると、以前よりも気持ちがラクになりました。
大事なのは、「何もしていない」と思わないようにすることではないのかもしれません。「今日、何もしていないな」と感じる日なんて、日本にいても海外にいてもあります。ただ、仕事を離れ、これまでとはまったく違う生活のペースになったときには、そんな気持ちが顔を出すことが少し増えるのかもしれません。だから、そのたびに答えを出したり、自分を変えようとしたりしなくてもいい。
「今日はそういう日なんだな」くらいで、その気持ちと一緒に過ごしてみる。すると、いつの間にか気持ちが変わっていたり、翌日は何かやってみようと思えたりすることもあります。
なくそうと頑張るのではなく、やってきたら、しばらくそこにいてもらう。そして、去っていくのを待つ。私にとっては、それくらいの付き合い方がちょうどよかったように思います。
海外で仕事をしていないと、「何もしていない」と感じる日があるかもしれません。でも、それはあなただけではありません。仕事という大きなルーティンを離れ、慣れない環境で新しい生活を作っているときには、そう感じることもあるのだと思います。
そして、そんな気持ちが出てきたからといって、急いで何かを始めなくても大丈夫です。
「またきたな」と少し離れたところから眺めてみる。しばらくしたら、波が引くように気持ちが変わることもあります。「何もしていない」と感じる日も含めて、今の自分の生活なのだと思えたら、それだけで少しラクになるのかもしれません。
– 寄稿 –
上野真衣子
アメリカの非営利団体Hub Park共同設立者。海外にルーツを持つ人々や駐在帯同者を含む、海外で暮らす人々のキャリアや生き方をテーマに、プログラム運営や情報発信に携わる。米国・日本での人事経験やキャリア支援の経験をもとに、個々の状況に応じたキャリアの考え方について発信している。
【公式サイト】https://hubpark.org/
【Instagram】https://www.instagram.com/hubpark_washingtondc/
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