赴任先での生活や文化
アメリカ帯同|帯同のため仕事を離れる決断と、アメリカ生活の現実
海外赴任への帯同が決まったとき、多くの人がまず直面するのが「仕事をどうするか」という問題です。仕事を辞めることに迷いがない人もいれば、長年積み上げてきたキャリアや人間関係を手放すことに葛藤を抱く人もいるでしょう。筆者自身も、当時働いていた香港を離れ、夫の赴任に伴ってアメリカへ移住する際、「本当にこの決断でよかったのだろうか」と何度も自問自答しました。本記事では、仕事を離れる決断の難しさ、帯同後に感じた戸惑い、そしてアメリカ生活を通して得た気づきについてお伝えします。
公開日:2026年6月26日
この記事で書かれていること
仕事を辞める決断は、想像以上に苦しかった
海外赴任への帯同が決まったからといって、すぐに仕事を辞める決心がつくわけではありません。むしろ、多くの人が最も悩むのがこのタイミングです。
「せっかくここまで積み上げてきたのに」「昇進の話が出ていたのに」「帰国後に同じような仕事へ戻れるだろうか」。そんな思いが頭をよぎります。なかには、自分のキャリアを諦めてパートナーのキャリアを優先することに、割り切れない気持ちを抱く人もいます。
筆者自身も、当時働いていた香港を離れ、転勤族の夫の赴任に伴ってアメリカへ移住する際、仕事を辞める決断には大きな葛藤がありました。仕事が好きで、自分の性格にも合っており、忙しい時期もありましたが、日々やりがいを感じながら働いていました。そのため、「本当に辞めていいのだろうか」「後悔しないだろうか」と何度も自問自答したことを覚えています。
また、失うのは収入だけではありません。同僚と仕事をし、誰かに必要とされる感覚。会社員としての肩書きや役割がなくなることに、不安を感じる人も少なくありません。
周囲から「もったいないね」と言われるたびに気持ちが揺れたり、「本当にこの選択で良かったのだろうか」と自問自答したりする人もいます。帯同は前向きな選択である一方で、多くの人が大きな葛藤を抱えながら出発の日を迎えるのです。
アメリカに来て初めて感じた「肩書きのない自分」
渡米後しばらくすると、仕事を離れたことによる戸惑いが少しずつ現れてきます。
日本では「〇〇会社の△△です」と自己紹介することが当たり前だった人も、アメリカではそうした肩書きがなくなります。新しく出会う人から「What do you do?(何をしているの?)」と聞かれ、答えに詰まった経験を持つ帯同者も少なくありません。
仕事をしていた頃は忙しくて考える余裕もなく、毎日目の前の業務に追われていました。帯同配偶者だった筆者の友人は、仕事を離れて突然時間ができると、「私は何者なのだろう」「仕事をしていない自分に価値はあるのだろうか」と考えるようになった、と言っていました。
筆者自身も、仕事を辞めた直後からすぐに新しい自分を見つけられたわけではありませんでした。むしろ、慣れないアメリカ生活の中で日々を過ごすことに精一杯だったように思います。周囲から見れば海外生活を楽しんでいるように見えたかもしれませんが、心の中では、自分の居場所を失ったような感覚や、社会とのつながりが薄れてしまったような寂しさを抱えていました。
帯同生活は、新しい環境に適応するだけでなく、仕事や肩書きを離れた時の自分自身と向き合う時間でもあります。その戸惑いは決して特別なものではなく、多くの帯同者が経験する自然な感情なのかもしれません。
理想と現実のギャップに戸惑うアメリカ生活
海外生活と聞くと、新しい景色や文化に触れる刺激的な毎日を想像する人もいるかもしれません。しかし実際のアメリカ生活は、思っていた以上に地道なことの積み重ねです。
慣れない英語での手続きや複雑な医療保険制度、車社会ならではの生活環境など、日本では当たり前にできていたことに時間や労力がかかることも少なくありません。
また、パートナーは職場で新しい人間関係を築いていきますが、帯同者はそうではありません。仕事を離れたことで生活のリズムが大きく変わり、「今日は誰とも話さなかった」という日が続くこともあります。
筆者自身、大学時代の留学や旅行、仕事を通じて、アメリカに短期間住んだり訪れた経験がありました。しかし、実際に生活者として長期で暮らし始めると、学生や旅行者として滞在していた頃とは全く違う戸惑いがありました。
スーパーでの買い物一つをとっても、商品の確認やポンド表記に戸惑い、日本の倍近い時間がかかることもありました。また、ショッピングカートが道端に置かれている光景や、公共トイレの個室ドアの大きな隙間など、以前は気にも留めていなかったことが、不思議と気になったり不便に感じたりする自分がいました。
さらに、運転免許証の取得やソーシャルセキュリティ番号(SSN)関連の手続きなど、日本なら短時間で終わる手続きに何日もかかることもあります。香港での生活経験があったにもかかわらず、渡米後は戸惑いの連続でした。学生として海外で暮らすことと、家族の生活を支えながら新しい環境に適応することは想像以上に違いました。
それでもこの選択でよかったと思える理由
渡米後しばらくは、「本当に仕事を辞めてよかったのだろうか」と何度も考えました。特に、香港で一緒に働いていた仲間たちが楽しそうに仕事を続けている話を聞いたときには、自分だけが取り残されてしまったような寂しさを感じることもありました。
筆者にとって、その仕事は単なる収入源ではありませんでした。自分の性格にも合っていて、やりがいも感じていましたし、多くの時間を費やして築いてきた大切な居場所でもありました。だからこそ、仕事そのものだけでなく、そこで築いた人間関係や日常を手放したことに、思っていた以上の喪失感がありました。
また、帯同直後は新しい生活に慣れることに精一杯で、仕事を辞めたことで得られたものよりも、失ったものの方が大きく感じられました。忙しく働いていた頃と比べると、自分が社会との接点を失ってしまったように感じたこともあります。好きだった仕事や仲間との日常が突然なくなり、自分の居場所を見失ったような気持ちになることもありました。
しかし、アメリカでの生活を重ねる中で、少しずつ見え方が変わっていきました。これまでの働き方や生き方を立ち止まって振り返る時間を持てたこと、家族と過ごす時間が増えたこと、そして日本や香港では出会うことのなかった人々や価値観に触れられたことは、大きな意味のある経験でした。
もちろん今でも、「あのまま香港で働き続けていたらどうなっていただろう」と思うことはあります。それでも、悩みながら下した当時の決断を後悔してはいません。帯同期間はキャリアの空白ではなく、自分の人生を別の角度から見つめ直し、これからの働き方や生き方を考えるための大切な時間だと感じています。
仕事を辞めて海外へ帯同する決断は、人によっては人生の大きな転機になります。特に、仕事にやりがいを感じていた人ほど、不安や葛藤は大きいかもしれません。実際に帯同生活が始まると、肩書きを失った戸惑いや、理想と現実のギャップに悩むこともあります。
しかし、その経験は決してキャリアの空白ではありません。新しい環境で生活すること、自分自身と向き合うこと、これまで出会わなかった価値観に触れることは、人生を豊かにする貴重な経験でもあります。今まさに帯同を前に悩んでいる方には、「迷うのは自然なこと」とお伝えしたいです。そして、その悩みの先にも、自分らしい人生を考える新たな可能性が広がっているかもしれません。
– 寄稿 –
上野真衣子
アメリカの非営利団体Hub Park共同設立者。海外にルーツを持つ人々や駐在帯同者を含む、海外で暮らす人々のキャリアや生き方をテーマに、プログラム運営や情報発信に携わる。米国・日本での人事経験やキャリア支援の経験をもとに、個々の状況に応じたキャリアの考え方について発信している。
【公式サイト】https://hubpark.org/
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