赴任時の子供の教育
渡仏前に知っておきたい療育事情と、親子で 楽しむフランス生活
フランスの療育や医療の特徴を、筆者の現地での体験や見聞をもとに紹介します。日本を出ると、制度や考え方の違いに戸惑う場面もあるかもしれません。渡仏前に知っておきたい準備やポイント、現地での過ごし方について、参考となる情報をまとめています。
公開日:2026年6月2日
この記事で書かれていること
はじめに:フランス行きが決まったら
発達に特性のあるお子さんを持つご家族は「現地の支援はどうなっているの?日本での支援は継続できるの?」という切実な不安をお持ちだと思います。
そこで渡航して家族が直面するであろうフランスの療育・医療事情の現実と、それを乗り越えるための具体的な準備、そしてフランスで子育てするための心構えについてお伝えしたいと思います。
大変なこともありますが、準備と繋がりさえあれば、フランス生活は親子にとって素晴らしいギフトになるはずです。
フランス独自の精神分析の影響
まず知っておかなければならないのは、フランスの療育現場が持つ独特な歴史的背景です。 実はフランスは、世界的に見ても「精神分析(Psychanalyse)」の影響が非常に強く残っている国の一つです。日本では、自閉スペクトラム症(ASD)やADHDは「脳の機能障害」として捉え、行動療法(ABA等)などの科学的根拠に基づいたアプローチを行うのが一般的です。
しかし、フランスの古い体質の医療機関や療育施設では、いまだに「子どもの特性は、母子関係や家庭環境の心理的な葛藤に起因する」という捉え方をされることが少なくありません。 日本で「早期療育」や「行動変容」を重視してきた親御さんにとっては、非常に大きな違和感やストレスを感じる場面があると思います。
近年、フランス政府も「自閉症プラン」を掲げ、行動療法への移行を進めていますが、地方や特定の施設では依然として対応にばらつきがあり、戸惑うかもしれません。
大切なのは、こうした思想のギャップがあることを知っておき、あらかじめ心づもりしておくことです。
医療や福祉のシステムと向き合う

次に直面するのが、医療・福祉システムの物理的なハードルです。日本で薬を服用しているお子さんの場合、フランスでも適切な手続きを踏めばほとんどの薬の継続は可能です(※)。しかし、それにはフランスの「小児精神科医(Pédopsychiatre)」や「神経科医(Neurologue)」による処方箋が必須となります。
ここで最大の障壁となるのが、圧倒的な「予約待ち(Rendez-vous)」です。フランスの精神科医の不足は深刻で、初診の予約を入れるだけで3ヶ月~半年、都市部ではそれ以上の待機を求められることも珍しくありません。「渡仏してすぐに手持ちの薬が切れてしまう」という事態を防ぐためにも、現地の医療機関へのアクセスは、渡航直後から最優先で動く必要があります。
加えて、フランス生活には日本流の便利さ、正確さが通用しない場面が多々あります。ストライキは日常茶飯事で、急に電車が止まったり学校が閉まったりします。特に夏のバカンス期は医師も一ヶ月潔く姿を消すので、うかうか病気にもなれません。サービス満点の日本から来ると目が点になりますが、フランス人はそれに慣れっこです。一方で、フランスは「交渉の国」でもあります。ダメだと言われても粘り強く話し合うと、なぜかなんとかなってしまう不思議な柔軟さがあります。このフランス流の洗礼には、ぜひ腹をくくって楽しむ構えで臨んでいただきたいと思います。
※薬剤によっては処方方針や承認状況が異なります。服薬や治療の継続については、必ず日本の主治医および現地の医療機関にご相談ください。
渡仏前に準備すべきこと
こうしたシステム上の遅延を最小限に抑えるためには、日本にいる間からの周到な準備が大きな助けになります。フランスの医師や審査機関に対し、お子さんの状況を客観的に、かつ迅速に伝えるための資料を揃えてください。
具体的には、以下を準備することをお勧めします。
| 詳細な英文診断書 | 単に病名が書いてあるだけでなく、これまでの経過、現在の特性、有効な支援方法が具体的に記されたもの。 |
|---|---|
| 生育歴の記録 | 幼少期からの発達の様子をまとめたもの。 |
| 検査結果のデータ | WISC(知能検査)やその他の発達検査の数値。これらは世界共通の指標となるため、非常に重要です。 |
| 療育手帳のコピーと翻訳 | 日本で公的に認められている支援の内容を示すエビデンスになります。 |
これらをありったけ持ち込み、最初の面談で提示すること。これで、現地の専門家も具体 的なサポート計画を立てやすくなり、新しい環境のシステムをよりスムーズに渡っていくための大きな足がかりとなるはずです。
孤独を回避し、情報を得る
フランス語が堪能な方であっても、専門用語が飛び交う医療や行政のやり取りを一人で完結させるのは至難の業です。ましてや、日本と異なる療育方針に戸惑いながら、学校や医師と交渉し続けると、ご家族の精神を著しく削ってしまうかもしれません。
ここで重要になるのが、孤立を避けるための横の繋がりです。例えば、「でこぽんクラブ」では、フランス在住の日本人家族を対象に発達支援の情報共有を行っています。
実はこの会、私の子どもが横浜で診断を受け、期待と不安の中で渡仏したものの、現地で日本語の相談口が見つからず困り果てた経験から設立しました。「自分たちと同じ思いを、これからの人にはしてほしくない」という願いが原点です。実際に現地でMDPHの申請を経験した親たちの生の声や、受け入れに理解のある学校施設などの情報などが蓄積されています。
自分一人で頑張らなければならないという思い込みを捨てて、同じ境遇で悩む仲間と繋がることが、海外での特殊な環境下で、家族全体のメンタルヘルスを守るためのセーフティネットとなると思います。
親御さんへ伝えたいこと:異文化そのものが療育
フランスという異国の地で、特性のあるお子さんを育てるのは並大抵のことではありません。しかし、その日々を少しでも健やかに過ごすために、以下のことをおすすめします。
- 「正解」を探さない
- 「居場所」を優先する
- 「親の会」は宝の宝庫
- 自分たちも「支援の対象」である
- 「なんちゃって」精神で
- 異文化体験そのものが療育
海外では、子どもも環境も日本よりずっと多種多様です。全員に共通する正解はありません。目の前のお子さんと向き合い、その子に合わせた「オーダーメイドの育 て方」を、仲間や専門家と一緒に考えていきましょう。
完璧な専門家探しに奔走するよりも、まずは親であるあなたが「自分に自信が持てる居場所」を探してください。親が笑顔でいられる場所があることが、子どもに とって最大の安心材料です。
現地の親の会や日本人コミュニティは、情報の宝庫であると同時に、仲間の宝庫です。一人で抱え込まず、扉を叩いてみてください。
私たち日本人の大人も、海外ではマイノリティ(少数派)です。不慣れな環境で奮闘するあなた自身も、立派な支援の対象なのです。自分を労わることを忘れないで ください。
完璧を目指すと、異文化の壁に跳ね返されてしまいます。肩の力を抜き、「いい加減」「なんちゃって」くらいの精神で、日々の荒波を受け流しましょう。
専門的な施設に通うことだけが療育ではありません。フランスの豊かな自然や動物に触れること、異文化の刺激を受けること。それ自体が、お子さんの感性を育む立 派な療育です。
おわりに:フランス滞在を思い切り楽しんで

システムや思想の違いに振り回されることは多々ありますが、フランスは個性を尊重する土壌が根付いた素晴らしい国でもあります。 日本のようなきめ細やかな支援は見つけにくいですが、その分、「人は人、自分は自分」という自由で大らかな空気が、親御さんやお子さんの心を解き放ってくれるかもしれません。
万全の準備をし、適切なサポートに繋がることができれば、フランスは家族にとって一生の宝物となる滞在先になります。 案ずるより産むが易し。
どうぞ、フランスでの日々を恐れすぎず、香ばしいバゲットや焼き立てクロワッサンをかじったり、お洒落なカフェでゆったりしたり、森林浴してのんびり過ごしたり、芸術的な街並みを散歩したりしながら、お子さんと一緒にたくさんのお気に入りを見つけて、この食と芸術と自然の国を楽しんでください。
皆さまのフランス滞在が、豊かな出会いと喜びに満ちたものになることを、心より願っております。Bon voyage !
※本記事は筆者個人の体験・見解を含みます。フランスの医療・教育・福祉制度は、地域・施設・担当者によって対応が異なる場合があります。制度や医療状況は変更される可能性があるため、最新情報は各公的機関・専門機関等でご確認ください。
※服薬・治療・支援内容に関する判断については、必ず日本の主治医および現地の医療機関へご相談ください。
※紹介している団体は、当事者家族による情報交換・ピアサポートの活動を行う団体であり、医療機関ではありません。
– 執筆 –
折口志都 (認定心理士。DEKOPON CLUB代表 / 一社)ゆいグローバルネットチームメンバー)
フランス在住。渡仏直前の我が子の発達診断をきっかけに、現地での日本語相談口の必要性を痛感し、日仏発達障害児と家族を支える「でこぽんクラブ」を設立。現在は、渡仏前からのオンライン相談も行っている
問い合わせ先【DEKOPON CLUB】
web http://dekopon.fr
mail kodomo.fr@gmail.com
在外邦人をはじめとする越境する人々の相互支援の輪を拡げ、経験知をつなぐ非営利団体。世界各地の邦人互助団体とのネットワーク作りに力を入れ、お互いに学び合い、課題を共有し、海外生活の工夫を共有することで、駐在同行家族が世界各地で生き生きと活躍できる場づくりを目指している。様々なテーマでイベントや講座を行う他、毎年10月には世界各地の邦人互助団体が主催するオンラインイベントが一同に介する「ゆいフェス」を開催。

