渡航前の医療
海外での感染症対策をしよう!ワクチンの種類と接種計画の立て方を解説
海外では感染症が流行している地域があり、感染症のリスクが高まります。感染症予防には、ワクチンの接種が効果的です。しかしワクチンには様々な種類があり、回数や有効期間もそれぞれ異なります。そこで今回は、滞在期間や滞在地域別に、推奨されるワクチンを紹介。またワクチン接種の計画の立て方も合わせて参考にしてみてください。
この記事で書かれていること
海外での感染症対策に、どのワクチンを接種する?
感染症対策の要となる予防接種。ワクチンを選ぶ場合には、まず表1で予防接種が推奨される感染症の特徴を確認します。
表1 ワクチン接種を推奨する感染症
渡航者全員に推奨
破傷風 |
破傷風は土の中に病原体が潜んでおり、大きな怪我をすると傷口から感染します。発病すると強い痙攣をおこし、死亡することも多い病気です。日本であれば、怪我をしてから医療施設を受診し、破傷風ワクチンの接種を受けることができます。しかし、海外で生活していると医療施設を手軽に利用できないため、国内よりも発病のリスクが高くなるので出国前の接種をお奨めしています。 |
途上国に滞在する渡航者に推奨
A型肝炎 |
A型肝炎は飲食物からかかる病気で、日本人が好む海産魚介類から感染するケースが多くみられます。 日本では近年になり患者数が減少しましたが、途上国では今でも流行がつづいています。死亡することは稀ですが、1ヶ月近い入院生活を強いられます。このため、途上国に渡航する場合は滞在期間にかかわらずワクチン接種をお奨めしています。 |
B型肝炎 |
B型肝炎は性行為や医療行為などから感染します。途上国で広く流行しており、とくに中国や東南アジアは高度流行地域です。発病すると長期の入院を強いられるだけでなく、一部は劇症型となり、命を失うこともあります。高度流行地域に滞在する場合は、ワクチン接種を受けておくようにしましょう。 |
狂犬病 |
日本では狂犬病が根絶されましたが、インドやフィリピンなどの途上国では、多くの患者が発生しています。イヌやネコなどの動物に咬まれて感染しますが、発病すると100%死亡する恐ろしい病気です。ただし、咬まれた後に予防接種を受ければ発病を予防できます。このため、信頼できる医療施設が少ない場所に滞在するケースでは、事前のワクチン接種をお奨めしています。 |
日本脳炎 |
日本脳炎は中国、東南アジア、南アジアで流行しています。蚊に媒介される病気で、発病すると意識障害や麻痺をおこし、死亡することも少なくありません。ただし、都市部では稀な病気で、郊外の農村地帯などで流行しています。こうした場所に立ち入る機会が多い方は、ワクチンの接種を受けてください。 |
黄熱 |
黄熱は蚊に媒介される病気で、熱帯アフリカや南米が流行地域です。通常はジャングルの中で流行しているため、日本からの渡航者が感染することは稀です。しかし、発病すると死亡率が高いことから、流行国に滞在する際には、たとえ短期間であってもワクチンの接種をお奨めしています。流行国やその周辺諸国の中には、入国する際にワクチン接種証明書(イエローカード)の提示を求める国もあります。 |
髄膜炎菌 |
熱帯アフリカや中東では、乾期に髄膜炎菌による髄膜炎が流行します。この病気は飛沫感染するため、流行地域に滞在する方には髄膜炎菌ワクチンの接種をお奨めしています。また、米国などに留学する際も、学校側から髄膜炎菌ワクチンの接種を要求されることがあります。 |
腸チフス |
飲食物から感染する病気で高熱をおこします。途上国全域で流行していますが、とくにインドなど南アジアで感染するリスクが高くなります。このため、南アジアに滞在する方には、ワクチンの接種をとくにお奨めしています。腸チフスワクチンは日本で未承認のため、輸入ワクチンを扱う医療機関で接種を受けてください。 |
麻疹 |
麻疹は空気感染する病気で、アジア、アフリカなどで流行しています。日本では現在30歳代から50歳代の人の麻疹免疫が弱いため、この世代の人で流行地域に渡航する人には麻疹ワクチンの接種をお奨めしています。 |
※ワクチン接種以外の対策が必要な感染症
マラリア |
熱帯や亜熱帯地域に広く流行している熱病で、有効な予防接種は今のところありません。媒介する蚊に刺されない対策が必要です。 マラリアを媒介する蚊は夜間吸血性なので、夜間の外出を控え、室内に侵入する蚊を殺虫剤などで駆除しましょう。どうしても夜間外出する際には、皮膚が露出しない服装を選び、防虫スプレーを塗ってください。薬剤(マラロン®やメファキン®など)を定期的に服用して予防する方法もありますが、副作用もあるため、感染症専門の医師に相談してから実施するようにしましょう。 |
次に表2と表3を参考にしながら、滞在期間、滞在地域、現地での行動パターンなどに基づいて選びます。
表2 海外渡航者(成人)に推奨する予防接種
16歳以上の成人に推奨している予防接種です。子どもの予防接種については「子どもを帯同する時の準備」を確認しましょう。
ワクチン |
滞在期間* |
長期 |
とくに推奨するケース |
|
短期 |
長期 |
|||
破傷風 | △ | ○ |
先進国、途上国全域 |
外傷を受けやすい者 |
A型肝炎ワクチン |
○ | ○ |
途上国全域 |
衛生状態の悪い地域に滞在する者 |
B型肝炎ワクチン |
○ |
アジア、アフリカ など |
医療従事者 |
|
狂犬病ワクチン |
△ | ○ |
途上国全域 |
動物の咬傷後すみやかな処置が困難な地域に滞在する者 |
日本脳炎ワクチン |
△ |
中国、東南アジア 南アジア |
農村地帯に滞在する者 |
|
黄熱ワクチン |
△ | ○ |
熱帯アフリカ、南米 |
接種証明書の提出を要求する国に滞在する者 |
髄膜炎菌ワクチン |
△ |
熱帯アフリカ、中東 |
乾期に滞在する者 |
|
腸チフスワクチン |
△ | △ |
途上国全域 |
南アジア(インドなど)に滞在する者 |
麻疹ワクチン |
△ | △ |
アジア、アフリカなど |
30歳代~50歳代(麻疹免疫が弱いため) |
*短期:1ヶ月未満の滞在 ○:推奨する、△:必要に応じて推奨する
表3 地域別に推奨する予防接種
該当する地域に長期(1ヶ月以上)滞在する成人に推奨する予防接種。
ワクチン名 地域名 |
破傷風 |
A型肝炎 |
B型肝炎 |
狂犬病 |
日本脳炎 |
黄熱 |
髄膜炎菌 |
腸チフス |
東アジア (中国、韓国など) |
○ | ○ | ○ | △ | △ | △ | ||
東南アジア (タイ、ベトナムなど) |
○ | ○ | ○ | ○ | △ | △ | ||
南アジア (インドなど) |
○ | ○ | ○ | ○ | △ | ○ | ||
中近東 (サウジアラビアなど) |
○ | ○ | ○ | △ | △ | △ | ||
アフリカ (ケニアなど) |
○ | ○ | ○ | ○ |
○ (赤道周辺) |
△ | ○ | |
東ヨーロッパ (ロシアなど) |
○ | ○ | ○ | ○ |
|
△ | ||
西ヨーロッパ (イギリス、フランスなど) |
○ |
|
||||||
北アメリカ (合衆国、カナダなど) |
○ |
|
||||||
中央アメリカ (メキシコなど) |
○ | ○ | △ | ○ |
|
△ | ||
南アメリカ (ブラジルなど) |
○ | ○ | ○ | ○ |
○ (赤道周辺) |
△ | ||
南太平洋 (グアム、サモアなど) |
○ | ○ | ○ |
△ (島による) |
|
△ |
||
オセアニア (オーストラリアなど) |
○ |
|
○:推奨、△:必要に応じて推奨
ワクチン接種の計画や問い合わせ先は以下を参照しましょう。
ワクチン接種の計画をしましょう
ワクチンとは、感染症の原因になる病原体を弱くしたり(生ワクチン)、殺したり(不活化ワクチン)したもので、これを接種すると感染症への抵抗力が獲得できます。生ワクチン(黄熱など)は1回接種するだけで充分な効果がありますが、不活化ワクチンは一般に2回以上の接種が行われます(表4)。また、ワクチンの効果は次第に弱くなるので、数年毎に接種を繰り返す必要があります。
破傷風、A型肝炎、B型肝炎、日本脳炎はいずれも3回の接種が必要です。通常は2回目まで接種した時点で出国し、3回目は現地か一時帰国して接種するようにスケジュールを組みます。このように、予防接種を完了するには一定の期間が必要になるため、出発の1ヶ月前には開始しておくことをお奨めします。もし時間がない場合は無理をせずに、現地で受けることも検討してください。なお、医師の判断で複数のワクチンの同時接種を行うことができます。また、生ワクチンを接種すると1ヶ月間は生ワクチンの接種ができなくなるので、ご注意ください。
表4 各ワクチンの接種回数
種類 |
接種回数 |
一般的な接種間隔 |
有効期間 |
|
破傷風#1 |
不活化ワクチン |
3回 |
0日、4週後、半年〜1年後 |
10年間 |
A型肝炎 |
不活化ワクチン |
3回 |
0日、2〜4週後、半年〜1年後 |
10年間 |
B型肝炎 |
不活化ワクチン |
3回 |
0日、4週後、半年〜1年後 |
10年以上 |
狂犬病 |
不活化ワクチン |
3回 |
0日、1週後、3〜4週後 |
2年以上 |
日本脳炎#2 |
不活化ワクチン |
3回 |
0日、4週後、1年後 |
4年間 |
黄熱 |
生ワクチン |
1回 |
0日 |
一生 |
髄膜炎菌 |
不活化ワクチン |
1回 |
0日 |
3年~5年間 |
腸チフス |
不活化ワクチン |
1回 |
0日 |
3年間 |
#1.破傷風:1968年以降に生まれた方は小児期に三種混合ワクチンとして接種を受けていることが多く、その場合は1回の接種のみを行います。#2.日本脳炎:成人の場合、通常は1~2回の接種のみを行います。
副作用は?アレルギーなどは事前に相談を
ワクチンの副作用を心配する方もいるようです。接種後の腫れや痛みといった軽い副作用は時々おこりますが、ショック症状やケイレンなどの重篤な副作用は大変に稀です。ただし、アレルギー体質があったり、以前に予防接種で副作用をおこした方については、事前に医師とご相談ください。
なお、日本で承認されていないワクチン(腸チフスなど)は、副作用発生時の医薬品副作用被害救済制度の対象になりません。
海外渡航者向けワクチン接種がうけられる医療施設を探す方法は?
海外渡航者向けワクチンの接種が受けられる医療施設は限られています。事前に医療施設
に電話をして、接種が受けられるかを確認しましょう。
以下のWEBサイトには、接種可能な施設が掲載されています。
- 厚生労働省検疫所:http://www.forth.go.jp/
- 日本渡航医学会:http://jstah.umin.jp/
さらに感染症に関する情報を集める場合は以下のサイトも参考にしましょう。
- 東京医科大学病院渡航者医療センター 海外の感染症流行情報を毎月掲載
http://hospinfo.tokyo-med.ac.jp/shinryo/tokou/
- 海外渡航と病気 海外でリスクのある感染症を分かりやすく解説
※こちらは、2023年12月1日発行の「海外赴任ガイド2024年版」を元に作成しています。紹介内容が原文と異なる場合もあります。