赴任先での生活
海外駐在・帯同の「5つのステージ」を知り、良い海外ライフを送る
海外駐在や帯同生活は、経験のない人や周囲から見ると華やかに映ることがあります。
異国での生活。海外旅行。異文化体験。語学力向上。キャリアアップ。確かに、それらは間違いなく海外生活の魅力です。
しかし実際にその中に身を置くと、多くの人が「想像以上に心が削られる」という経験をします。しかも厄介なのは、自分や家族がストレスを抱えていることにすら気づきにくい点です。
これは私自身、欧州駐在とイギリス帯同を経験する中で強く実感しました。そして、同じような悩みを抱える駐在員・帯同家族の話を聞く中で、「これは個人の弱さではなく、多くの人が通る共通のプロセスだ」と感じるようになりました。
その理解に役立つのが、それは1980年に稲村博医学博士が提唱した「海外生活における5つのステージ」という考え方です。これは海外赴任者や帯同家族が、異文化環境の中でどのように心理状態を変化させていくのかを整理したものです。
公開日:2026年6月10日
この記事で書かれていること
移住期 ― とにかくサバイブするので精一杯

赴任直後は、目の前のタスクを処理するだけで毎日が終わります。
- 家探し
- 銀行口座開設
- スマホやWi-Fiなど通信関係の契約
- 免許証の切り替え
- 子どもの学校探し
- 車の購入や海外での運転
- 仕事の立ち上げ
- スーパーや病院など普段使う場の確認
駐在員本人も帯同家族も、常に緊張状態にあります。この時期は不思議と「案外海外でも大丈夫」と思いやすい。なぜなら、忙しすぎて落ち込んだり深く考える暇がないからです。
私自身、最初の欧州赴任時は、妻の意向に合う家を短期間で探し、賃貸契約の契約書をGoogle翻訳で必死に読み、慣れない左ハンドルで通勤し、そこまで得意でなかった英語での会議で毎週胃が痛くなる生活でした。ただ、今振り返ると、完全にオーバーヒート状態でした。
これは他の駐在経験者からもよく聞く話です。
「最初の3か月は記憶が曖昧」
「毎日気が張っていて眠りが浅かった」
「気づいたらあっという間に駆け抜けていた」
こうした反応は珍しくありません。駐在員本人も家族も必死で環境に適応しようと努力を続ける時期です。この時の疲れは確実に蓄積していきますが、本人が感じる自覚はあまりないというのが厄介です。
不満期 ―「日本ならこんなことないのに」が増える

数か月が経つと海外での生活も少し落ち着きます。
しかし今度は、現地の不便さや価値観の違いが目につき始めます。
- サービスが遅い、時間通りに来ない
- 店が閉まるのが早い、土日で開いていない日がある
- 現地メンバーの仕事の進め方が雑に見える
- 水質の違いで髪や肌が荒れる
- 水回りのトラブル
- 治安が悪い
- 医療制度が分かりにくい、言葉の壁がある
- 日本食が高いのに美味しくない
- 子育ての感覚が違う
海外生活経験者の多くが、この時期に精神的な落ち込みを経験します。
私自身も、水回りトラブル、治安への不安、現地メンバーとのコミュニケーションギャップなどでかなり消耗しました。特に苦しかったのは、「頑張っているのに物事が進まない感覚」です。日本では“はっきり言わなくても察する”ことで回っていた部分が、海外では通じません。
また、この時期は夫婦間の衝突も増えやすいのが特徴です。駐在員本人は仕事で余裕がなく、帯同家族は孤独感や適応できない苦しみを抱えている。双方にストレスが蓄積し、「自分の方が大変だ」という構図になりやすいのです。
実際、海外駐在関連のコミュニティや体験談でも、
「夫婦関係が悪化した」
「家のトラブルで家族がかなり参ってしまった」
「子どもの学校の問題に頭を抱えた」
という話は少なくありません。
海外生活は、仕事や生活基盤そのものが大きく変わる経験でもあります。
その変化とストレスを甘く見ないことが重要です。
諦観期 ― “現地はそういうもの”と受け入れ始める
この段階に来ると、少しずつ力の抜き方を覚えます。
「日本と同じを求めても仕方ない」
「店が閉まるなら、その前提で動けばいい」
「文化が違うのだから考え方も違う」
そう考えられるようになる。
私の場合、この感覚になるまで赴任後9か月ほどかかりました。現地メンバーにも悪意があるわけではない。自分も“日本式が絶対”と思い込みすぎていた。
そう気づけるようになってから、かなり楽になりました。こちらが理解し、歩み寄ると意外とギャップが埋まっていくものです。
この時期を境に、海外生活を「なんとかして頑張るもの」として見るのではなく、「特徴の違う環境」として捉えられるようになります。
ただし、ここで重要なのは、“諦める”は“投げやりになる”ではないということです。むしろ、「変えられないものは受け入れる」「その中で自分なりのやり方を探す」という成熟に近い感覚です。
適応期・望郷期 ― 海外生活を自分の人生として捉える

適応期に入ると、精神的にかなり安定します。現地の良い面も悪い面も理解したうえで、その環境の中で生活を組み立てられるようになります。
私の場合、仕事面では現地メンバーとの意思疎通が噛み合い始め、「一緒に成果を出せた」という実感を持てるようになりました。生活面では、ヨーロッパ各国への旅行も大きな楽しみでした。
また、この時期になると、多くの人が「海外に来てよかった」と思える瞬間を経験します。
- 価値観が広がった
- 日本を客観視できた
- 家族との結びつきが強くなった
- 子どもの成長を感じた
- 多様性への耐性がついた
もちろん、全てが楽しいわけではありません。それでも、「海外生活=苦行」ではなくなっていきます。
興味深いのは、適応した後に“日本が恋しくなる”ことです。帰任が近づくと、多くの人が不思議な感情になります。
「帰りたい」「でも離れたくない」この両方が同時に存在する時期です。
私も帰任半年前に、上司から「今年で帰国」と言われた時、急に日本が恋しくなりました。
- コンビニ
- 安価で美味しい日本食
- 温泉
- 日本語だけで通じる安心感
- 日本の青空
- 家族や友人との距離感
海外生活を経験すると、日本の良さを改めて認識します。一方で、海外で得た価値観も自分の一部になっていきます。

海外生活で本当に重要なのは「自分の現在地を知ること」です。
海外駐在や帯同で苦しくなる人の多くは、「自分だけがおかしい」と思い込んでしまいます。ですが実際には、多くの人が似たような心理変化を経験しています。
だからこそ重要なのは、「今、自分はどのステージにいるのか」を客観視することです。不満期にいるなら、「今はそういう時期」と理解する。家族が不安定なら、それは「甘え」ではなく環境変化の影響と認識する。それだけでも、かなり救われます。
特に駐在員にとって帯同家族のケアは非常に重要です。帯同者が頼れるのはやはり家族であるパートナーや親だからです。また駐在員本人は仕事を通じて社会との接点がありますが、帯同側は孤立しやすい状況にあります。
現地コミュニティへの参加、オンラインでの日本との接続、学校への適応状態や勉強への気配り、定期的な会話時間など、“放置しない工夫”が必要になります。
海外生活は確かに大変です。ですが同時に、自分や家族の価値観を広げてくれる貴重な経験でもあります。もし今、海外生活で苦しんでいる人がいるなら、「自分だけではない」と思ってほしいです。そして、自分たちは今どのステージにいるのか、一度ゆっくり考えて身近な人に相談し、対処法を検討してほしいと思います。
– 寄稿 –
柳本 純一郎(世界に広がる駐夫・主夫友の会) 2024年12月よりイギリスにて駐在帯同中
【世界に広がる駐夫・主夫友の会(代表・ファウンダー:小西 一禎)】
2018年秋、フェイスブック上のグループとして、4人でスタート。現役駐夫、帰国済みの駐夫OB、海外同行を控えたプレ駐夫の三層で構成する。最新(2026年2月現在)のメンバー数は、約240人。コロナ渦前から、オンラインでのキャリアセミナーや飲み会を開催し、レアな男性ならではの悩みや思いを共有してきた。現役駐夫は世界5大陸に散らばり、メンバー数が多い米ニューヨークエリア、シンガポール、タイ・バンコク、英ロンドンなどでは、駐夫同士だけでなく、家族を含めたリアル交流を展開している。メンバーが抱える共通かつ最大の悩みは、日本社会との親和性に欠ける「男性のキャリア中断」を経て、日本に帰国した後のキャリア再設計・再構築。

