赴任先での生活
「私って何者?」駐在同行で仕事を離れたときの気持ちとの向き合い方
「これ、買ってもいいかな…?」
共働きをしていた方にとっては、日本で働いていた頃なら、自分で稼いだお金で、好きなものを買えていたものですよね。でも、駐在同行で仕事を離れてからは、夫に確認するようになったり、生活費を受け取るたびに少し申し訳なさを感じたりすることがあるのではないでしょうか。
そんな小さな違和感が積み重なると、心の中に「私は夫に養ってもらっているだけ」「社会的な価値がないのかもしれない」という気持ちが生まれてしまうことがあります。
駐在同行で変わるのは、仕事や収入だけではありません。夫婦のパワーバランス、そして“自分の存在の意味”まで揺らいでしまうことがあるのです。私自身も渡航後しばらくはこの「駐在妻の暗黒期」を経験し、抜け出すまでには長い時間がかかりました。
では、揺らいでしまった自分への自信をどう取り戻していけばいいのでしょうか。
今回は、私自身の経験や気づきをもとに、一緒に考えていきたいと思います。本コラムも、一般社団法人キャリアコネクトでキャリアに関するコラム執筆や講演を担当している、浅野藤子がお届けします。
公開日:2026年11月6日
この記事で書かれていること
心の負担を軽くする「家族のお金」という視点
まず大切なことは、「夫のお金を使っている」のではなく、「家族というチームのお金を使っている」と考えてみることです。
夫婦は、家族という組織を共同経営するチーム。例えば、夫が「収入を得る担当」、自分が「家庭を運営する担当」という役割分担で考えてみるのも一つの方法です。

役割が違うだけで、そこに上下関係はありません。対等とは、同じだけ稼ぐことではなく、お互いの役割を認め、尊重し合うことです。
「お金使っていい?」とお願いする関係から、「家族(チーム)のお金をどう使おうか」と一緒に決める関係へ。
こうした考え方の変化によって、申し訳なさや遠慮が少しずつ薄れ、もやもやした気持ちの突破口につながることもあります。
収入がない=価値がないという誤解を手放す
「収入がなければ価値がない。」
「家族というチームのお金を使う」と思うことができても、自分自身に対してはこうしたネガティブな思いを抱いてしまうこともあるかもしれません。
でも、本当にそうでしょうか。海外での生活は、ただ暮らすだけでもエネルギーが必要です。言葉や文化の壁、子どもの学校や習い事、通院、日々の生活の段取り。家族が安心して暮らせる環境を整えることは、誰かが担わなければ成り立ちません。

家事・育児に自分の存在価値を見出せなかったとき、私は社会学者で東京大学名誉教授の上野千鶴子さんの言葉に救われました。上野さんは家事や育児を「アンペイドワーク(不払い労働)」と呼んでいます。
料理、掃除、洗濯、育児、生活の管理。これらはシッターや家事代行など第三者でも担える立派な“労働”であり、本来は対価が発生するものです。家族のためにやっているから賃金が発生しないだけで、仕事と同じだけの価値があるものなのです。
つまり、私たちのする家事や育児は立派な労働であり、「家族の海外生活を支える“基盤”をつくる仕事を担っている」と言えるのではないでしょうか。
それを自分の中で認識できたとき、ようやく私は“自分にも確かな価値がある”と思えるようになりました。
役割の再定義:「私はプロの専業主婦」
長年にわたり駐在同行を経験してきた薄井シンシアさん(※)は、出産を機に仕事を辞めたとき、「専業主婦という仕事に転職した」と捉えていたそうです。私が心を動かされたのは、彼女のこの言葉でした。
「私はプロの専業主婦。だから、プロとして仕事をする。」
家事を“仕方なくやるもの”ではなく、家族の生活を支える“仕事”として向き合う。段取りを組み、必要なことに対応し、家族が快適に暮らせるように環境を整える。それは会社で働くのと同じくらい、判断力も体力も気力も必要な仕事だと言えます。
自分の役割を「プロの仕事」として再定義するだけで、自分の存在の輪郭がはっきりしてくる感覚があり、気持ちがふっと軽くなりました。
また、海外で家事・育児に取り組んできたシンシアさんが、帰国後に一からキャリアを築き上げ、活躍されている様子にも随分と勇気をもらいました。
それはまさに、プロとして家事・育児という仕事に向き合ってきたからこそ、家庭という現場で培われた実務力とマネジメント力が、社会に出たときにそのまま通用するポータブルスキルとして発揮されたのだと感じます。
(※)1959年フィリピン生まれ。日本人の夫と結婚後、夫の海外赴任に伴い海外で暮らし、出産を機に専業主婦に。約20年の専業主婦期間を経て47歳で仕事復帰、カフェテリアでのアルバイトから始めて、2021年には外資系ホテルの日本法人社長に就任するなどキャリアを築く。
家事・育児を一人で抱えなくていい。手放すことも主体性

駐在同行により仕事を離れたことでどうしても、家事や育児を「自分がやらなきゃいけないこと」と思い込んでしまいがちです。現地では家事代行やシッターなどを使うことが一般的であったとしても、「私は専業主婦なのに」という気持ちがそれを阻むこともあります。
でも、いくら専業主婦でも、家事や育児は“あなたが一人で背負うべき義務”ではありません。
苦手なことはパートナーに頼ってもいいし、外部の力を借りたっていいのです。まして、海外で子育てに奮闘しているならなおさらです。親族の助けを借りにくく、日本にあるような公的支援も受けにくい海外での子育ては、孤独で、体力的にも精神的にも追い込まれがちだからです。
さらに、仕事を離れた今だからこそ、海外にいる今だからこそ「やりたいことを見つけた」という方もいます。そんなときこそ、夫婦間で役割を見直すことが必要になります。
アンペイドワーク(不払い労働)について、改めてパートナーと話し合うことはとても大切です。日本で共働きだった頃は分担していたのに、海外に来たら負担が偏ったという声は本当によく聞きます。
あなたが背負いすぎていると感じるなら、分担の比率を変えることも、外部サービスを使うことも、主体性のある選択です。
“家族でどう運営するかを話し合う”。その小さな変化が、あなたの心を軽くし、「自分は何者か」という主体性の回復への大きな一歩になります。
主体性の回復:自分の人生を自分で動かしているという感覚
それでも「自分で手に入れたお金が欲しい」と感じることはあるものです。その気持ちは収入そのものよりも、“自分の人生のハンドルを握っている感覚”を求めているからではないでしょうか。
でも、主体性は収入の有無で決まるものではありません。あなたは今日も家族のために判断し、選択し、動いています。子どもの未来のために言葉を選び、家族が安心して暮らせるように環境を整え、夫が仕事に集中できるように生活の土台をつくっている。それらもまた、日々の暮らしの中で自分なりに判断し、人生を動かしている一つの形です。

そして未来につながる行動も主体性の一部です。興味のあることを学んでみる、新しいコミュニティに参加してみる、海外での生活を言葉にして発信してみる。
そんな小さな一歩の先で、新しい人や価値観に出会い、自分でも気づいていなかった可能性に気づくことがあるかもしれません。世界を広げていくうちに、「私って何者なのだろう」という問いの答えが徐々に見えてくることもあるでしょう。
私自身も、こうやってキャリアコラムを執筆したり、キャリアに関する講演をしたりするようになるなんて、渡航後の暗黒期には思いもしませんでした。すべて、そこからの出会いに導かれてきた結果です。
まとめ
駐在同行という経験は、これまで当たり前だった価値基準を揺さぶります。でも、その揺らぎは「何かを失った証」ではなく、あなたが新しい自分に出会うための“余白”だと考えることもできます。
駐在同行はキャリアブランクではなく、キャリアブレイク。
海外での生活は、思い通りにならないことも多いけれど、そのぶん選択肢が広がる場所でもあります。
時間の使い方、人とのつながり、学びたいこと、挑戦してみたいこと。どれも、あなたがこれからの人生をどう描きたいかを試せる機会です。
気になったことに少し触れてみる、心が動いた方向に半歩だけ進んでみる。その小さな動きが、やがて「私って何者?」という問いの輪郭をそっと浮かび上がらせてくれるはずです。
-寄稿-
一般社団法人キャリアコネクト
一般社団法人キャリアコネクトは、「キャリア支援を通じて、企業も個人も持続的に成長できる社会づくり」を目指す非営利団体で、駐在員パートナーへのキャリア支援や、企業向け研修・講演を行っています。企業にとっても、駐在員パートナーのキャリア支援は、離職防止やグローバル人材の定着につながる重要なテーマです。また、個人向けのサービス「Career Cafe Connect」では、セミナーやキャリア相談、イベントを通じて、海外経験を将来のキャリアにつなげるサポートを提供しています。
◆企画 Career Cafe Connect
◆編集・ライティング 浅野 藤子、畑 史
◆監修 一般社団法人キャリアコネクト

