これがボール爆弾だ
7日(金)爽やかな天気の下でのテニスの季節になった。いつまでも健康でありたいと願う。今朝の地元紙のトップニュースは「小沢元代表無罪主張」、捜査「国家権力の乱用」と小沢氏の主張を伝えている。検察の在り方が問題視される中、同情的な論調が多い。
記者クラブ制度を批判している自由報道協会(上杉隆氏らが中心)所属のフリーランスの記者の小沢擁護の論調が目立つ。検察や記者クラブ批判には全く同感だが、小沢氏擁護には疑問がある。小沢氏も言う、簡単に申告の修正を認める政治資金規制法がおかしい。
小沢氏は田中角栄を師と仰ぐ。田中角栄の評価は二分するが、気に入らないのは小沢氏の政治資金集めの手法が田中そっくりだ。田中は柏崎刈羽の原発敷地にせよ、新潟大学移転にせよ、権力を利用して誰よりも情報を先に入手し、土地などの利権を先取りする。
撃墜された戦闘機
ここで、田中角栄と柏崎刈羽発電所の関わりを見ておこう。刈羽村は田中の生地西山町に隣接する。65年12月、角栄(当時幹事長)は新潟県庁で「自衛隊の施設誘致」をぶち上げた。その半年後、東電の木川田社長と原発誘致の話が日刊工業新聞に載った。
66年8月、砂丘の一部52㌶の土地の所有権が北越製紙から田中の腹心であった刈羽村村長名になる。角栄と原発を結びつけたのは柏崎に拠点を置く理研の会長、松根宗一だと言われる。松根は電事連の副会長だった。66年9月先の52㌶は田中の室町産業に移る。
国会で「黒い霧」が追及されると、土地の名義は再び室町産業から刈羽村長に戻される。71年10月、村長は東電に土地を売り渡す。売値は買値の26倍に跳ね上がった。田中の「国家老」と呼ばれた本間幸一氏は、その売却益4億円を東京目白の田中邸に運んだと。
撃墜された戦闘機
これが田中式錬金術で、当時の政界に蔓延した。小沢氏もそれを直に学んだわけである。全国の原発立地でも似たような手法で電力会社は手に入れた。福島では「井戸を掘らせてくれ」新潟巻町では「レジャー施設をつくる」と。まるで詐欺まがいであったのだ。
私たち新潟県人は角栄の資金作りの裏話をいやというほど見せつけられた。ただ、彼はその金を個人的な蓄財というより、権力行使の手段としたことは認める。小沢も似た側面を持つが、土地購入の4億円の問題より、西松建設からの1億円の賄賂性が問題だ。
小沢氏が自民党議員などの過去何百、何千という同様の虚偽記載が修正で済んでいるのに、なぜ私だけがというのはその通りだが、だから正しいとはならないだろう。裁判後の記者会見であれほど堂々と主張するなら、なぜ国会や記者会見で説明しないのか。
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