2015年11月、クアラルンプールの中心部にタクシー500台以上が集まり、デモ行進を行った。My Teksi(マイタクシー) やUberの利用が広まりで自分たちのタクシー乗車率や、売上が下がってしまったので、それらの使用を禁止しろという主張だったという。
世界ワースト1のタクシードライバー
このニュースを聞いて、タクシードライバーに同調するクアラルンプール市民や旅行者は少ないだろう。なにしろ、クアラルンプールのタクシードライバーの評判は世界最悪なのだ。2015年7月に英国ロンドンのタクシー情報サイト「London Cabs」が発表した世界ワーストドライバー調査で、クアラルンプールが堂々のワースト1に取り上げられている。
デモをしている場合ではない。自分たちの悪評高いサービスを見直し、顧客満足度をあげていかなければ生き残る道はない。しかし、もはやその道も残されていないかもしれない。
マレーシアで人気の「マイタクシー」
マレーシアではGrabtaxiという会社が提供する「MY TEKSI (マイタクシー)」というタクシー配車アプリが圧倒的な知名度を誇っている。私自身、タクシーに乗るときは、たとえ目の前に空車のタクシーが停車していても「MY TEKSI」を使ってタクシーを呼ぶ。なぜなら、流しのタクシーは短距離だと断られたり、料金を吊り上げられたり、遠回りされたり、最悪なケースでは犯罪に巻き込まれるリスクがあるからだ。世界ワースト1の評判通りの結果が待っていることだろう。
その点、「MYTEKSI」アプリで呼ばれたタクシーであれば、あらかじめ目的地を合意したうえで配車されてきているし、ドライバーの身元がはっきりしているので不正が起こりにくい。迎車料金として2リンギット(約60円)ほど追加するだけで安心・安全なタクシーに乗れるわけだから安いものだ。
運転手の頭脳はアプリに置き換えられる
従来、タクシードライバーは乗客に対して圧倒的に情報優位だった。しかし、このようなタクシー配車アプリがドライバーと乗客の立場を一転させることとなる。
このタクシー配車アプリはGPSと連携してもっとも近くにいるタクシーを配車させることができる。今まで運転手の経験と勘を頼りに街を走り、顧客を得ていたタクシーは効率的に配車をこなすタクシー配車アプリにとてもかなわない。タクシー配車アプリは、非効率な運用を行っていたタクシーを取りまとめて、配車の最適化を行う“頭脳”となる。アプリの指示に従って運転するだけで運転手は目的地まで最適なルートで運転できる。つまり、アプリが頭脳で、運転手とタクシーは手足のような構図になる。
タクシー配車アプリは悪質なタクシードライバーを淘汰し、健全なタクシー業界を作っていくだけではなく、いずれ、タクシー業界全体のあり方を大きく変えていくだろう。
頭脳をめぐる攻防
このような”頭脳”をめぐる攻防はタクシー産業だけではない。インターネット経由で蓄積されていく膨大な情報(いわゆるビックデータ)を分析し、ハードウェアと一体となって活用することができれば、旧来型の産業を変革させるインパクトがある。いつの間にか物流業や倉庫業はアマゾンという“頭脳”の手足になっているかもしれないし、「airbnb」のように使われていない空き部屋を有効利用できる“頭脳”の登場は、ホテル業界に対する“代替品”として脅威になるかもしれない。
頭脳の役割を勝ち取れば、従業員を雇用することなく労働力を得ることができる。例えば、タクシー配車アプリ「マイタクシー」を運用するGrabtaxiはタクシードライバーを1人も雇用することなく、タクシー配車サービス全体をコントロールしている。それでいて事業のキモとなる膨大な情報(ビックデータ)はすべて頭脳となる会社が吸い上げているので、ますます頭脳は強化され、業界内での影響力を増していくということになる。
新興国はソフトウェア産業の育成が急務
2014年12月、ソフトバンクがGrabtaxi(グラブタクシー)へ2億5000万米ドルを出資し、同社の筆頭株主となることに合意したと発表した。この東南アジアにもインターネットを利用した技術革新により、様々な産業再編の波が押し寄せてきている。
業界や国境を越えて、再編を促す”頭脳”をめぐる攻防はまだ始まったばかり。東南アジア諸国は手足となるハードウェアを製造、運用するだけではなく、頭脳となるソフトウェア産業の育成が急務だ。さもなければ気が付いたときには先進諸国、特に米国発のITサービスに頭脳の役割を担われているという状態になる。
デモに参加したタクシードライバーの叫び声が一つの旧来型産業の終焉と新たな産業の幕開けを告げている。
<もっと知りたい方におススメの本>
ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉
2013年のビジネス書大賞を受賞した話題の一冊。まだ読んでいない方はぜひ。
Issued by 「マレーシア ソーシャルナビ 2015」