私の高校時代は最北端の地での生活でした。稚内高校でのできごとです。入学当初は成績もよく気分が高揚していました。高校へは一番の成績で入ったのです。驕(おご)りもありました。そのせいか、だんだん成績が落ちていきました。落ち込んでいく教科は特に数学でした。生物の専科であった木村という女性の先生が職員室に私を呼び出しました。そして「どうしたの、、?」と心配するのです。担任でもないのに、また彼女の専科でもないのに私の数学が不振なのを知っていたのです。成績の落ち込みですが、自分の目標が定まらなかったこと、自分の内と外からの刺激を感じられなかったことによります。「勉強する」という行為は、それへ導くなにかがあるから生まれます。何の動機もないところに行動は起こりません。幸い、教師の声かけという外からの刺激によって目標が示されることになりました。これを機に私は一念発起しました。勉強への動機はこの先生の「天からの声」です。教師というのは、「忙しさ」やゆとりのなさによって、すべての生徒に同じように対応するのは難しいといわれます。中には声をかけて欲しい生徒がいます。しかし、生徒は周りに向かって「声をかけてくれ、聞いてくれ、、」とはなかなか言えないのです。生徒の表情や行動や成績から生徒のなんらかの信号がでているのです。それを感知するのが教師であり、教師の仕事です。この木村先生との短い時間でのやりとりを肝に銘じて、これからも一教師として振舞いたいです。 続きを読む