22日(土)快晴。朝粥は不参加。スリランカ行の準備のため、プリントアウトする文書があり、インターネットカフェに初めて入る。30分ほどいて10枚ほど印刷をして200円。エア・アジアから帰国時の時間変更便の予約完了をプリントしたものを持参せよとの指示。
今日から日本語教室を再開したが、生徒は一番熱心なOさん一人だった。Oさんは他の日本語教室にも通っており、そのプレゼン用の原稿をローマ字で書いてきて、添削して欲しいと。家内と二人掛かりで直し、ひらがなに清書してあげた。読めるが書けないのだ。
その文章の中で、キャメロンで栽培されている菊の花の80%以上は日本に輸出されていることを知った。その後は日本から持参したいろはカルタを私が詠み人となってやった。前回の教室より1時間早め、土日の2時から4時までとしてもらった。夕食準備のため。
インド料理店
最近の朝ドラは、太平洋戦争開始後の配給制という厳しい生活事情の中で、いたいけな少年たちが次々と出征していく(そのように仕向けられていく・・と言った方が正確だろう)場面が登場する。行かせたくない母親、行かなければ白眼視やいじめに遭う状況だった。
安倍政権を支持する人たちは、あれを立派な少年たちと捉えようとするのだろうが、私などは、ついもらい泣きしつつ、怒りに震えながら観ている。在職時代、ちょうど同じ年頃で満蒙開拓青少年義勇軍に応募した人をインタビューしたときのことが思い出された。
毎晩のように担任の先生が訪ねてきて(上からの指示だった)親の前で説得される。「お前のような小作のオジ(2,3男)が村にいてどうする、満州に行けば10町歩の地主になれる、お国のために働ける!」やりたくない母親もいただろうに、担任の前では・・・」教師の責任は重い。
ひらがな表を使って
全国から集められた少年たちは新潟で肉親との最後の別れをし、船上の人となった。体験を話してくれたKさんは、気丈に振る舞っていた少年たちも船が岸壁を離れると、ほとんどが泣き崩れたと。それ以上につらかったのは、王道楽土を築くというウソだったと。
未開の土地を開墾するのではない。中国人の耕した土地を取り上げての入植。中国人は「アイゴ―、アイゴー」と泣きながら山の方に逃げて行ったと。安倍政権はあの暗い時代を取り戻そうとしているのではないか。秘密保護法も重なって見えてきてしまう。
戦前の歴史に学ぶならば、教育の統制への動きこそが戦前回帰の何よりの証拠である。戦前と状況が違うとすれば、今は当時に比べ、格段に豊かだということだ。それだけになおのこと怖い。今世界から笑いものにされようとしているのは、日本人の歴史認識、過去への反省ではないか。
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