アーミーキャンプ
11日(木)曇り、今朝の朝粥トレッキングは24名もの参加。7月に入って一気に増えてきたのだ。見知らぬ人が半分。二手に分かれて歩く。屋台の座席確保が難しいため。先発隊が朝食を食べている間に後発組は朝市で買いもの。15分ほどで入れ替わる。肉屋で合流する。
今日の買い物はジャガイモ4個、人参2本で3.4、玉ねぎ大3個で2.3、ひき肉500g3RM。これでもこの国はインフレで物価がじわじわ上がってきたと。ゴルフ場も倍近くに値上げになったとか。長期滞在者は値上げに円安だからダブルパンチだとぼやく人もいる。
家賃の値上げを言われて、困っている人もいる。ここキャメロンハイランドは1885年(明治18)にイギリス人のウイリアム・キャメロンによって発見され、その名がついた。標高1500~1800mで紅茶のプランテーションとして開拓。保養地としても活用された。
お尻を洗うホース
南から北へTana RataとBrinchanの街がある。前者はマレー人、後者は中国人の街だ。あくまでタナラタが中心なのだが、活気のあるのはブリンチャンだ。今朝は皆さんと別れてブリンチャンの街を眺めながらコーヒー。帰路は一人でゆっくりと歩いて1時間余り。
帰途、先日紹介したタマン・セデイア村の東のはずれに軍のキャンプ地がある。この国の軍隊はマレー系、中国系、インド系の3つに分かれる。食事や習慣が違うから分けざるを得ないのだろう。それにしてもキャメロンには軍や警察の施設が異常なほどに多いのだ。
日本の占領が終わった後、イギリス軍が戻り、独立を求める勢力の抵抗が山中を中心にマラヤ連邦独立の57年、その後も続いた。その当時のゲリラ対策としてここキャメロンに軍や警察が重点的に置かれた名残だろう。今はその必要もないのに、減らすに減らせない感じである。
メッカの方向を示す
中国人に言わせると「彼らは遊んでいる」ということになる。私はここに来るまで原住民はマレー人だと思ってきたが、そうではなくOran Asliという山岳民族が原住民だった。建前上、原住民優先の中に彼らも対象とされているが、なかなか同化しないと聞いた。
KLやイポーからここに上ってくる道路沿いに粗末な仮小屋に野菜や果物を並べて売っている人々がいる。彼らは優遇政策で最低限の生活は保障されているとのことだ。私のいるアパート群にもマレー人は多い。この部屋にもトイレにはマレー人用のホースもある。
天井を見るとKIBKATと書かれた矢印がある。意味が分からなかったが、メッカの方向を表すらしい。ここの大家は中国人で、日本人以外には貸したくないと言っているので、多分前の持ち主がマレー人用につけたのかも、それとも義務付けられているのかな?
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