マレーシア新首相官邸前
29日(水)安倍首相は前内閣の際、戦後レジームからの脱却を叫び美しい国日本など戦前回帰の復古調的な政策を打ち出した。憲法改正が最終目標であるにしても、教育基本法の改悪は果たしたわけで、執念を感じる。村山談話・河野談話批判もこの延長線上にある。
橋下維新の会がこの安倍政権誕生ではしゃぎ、今回の発言騒動に結び付いた。彼らが批判する村山談話や河野談話はどんな内容だったのか、改めて読んでみたい。村山談話とは戦後50年もたった95年8月15日、初めてアジア諸国に向かって発した謝罪の言葉である。
村山政権は自社さの3党による連立政権だったが、自民党単独政権では考えられなかった「謝罪」だった。「我が国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって多くの国々とりわけアジア諸国の人々に対して多大な損害と苦痛を与えました。私は、未来に過ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします」これでも不十分だとの批判もあった。
豆乳を売るお姉さん
同じ敗戦国ドイツのヘルツウオーク大統領は村山談話の前年の94年、ポーランド(44年、約20万人がドイツ軍に殺された)ワルシャワ蜂起50周年の演説で、被害国の被害国民の前で「身の毛のよだつ歴史に対し、偏見のない開かれた目で向かい合うことによってのみ、相互理解は育まれる、何も付け加えず、何も消し去らず、何かに口を閉ざすこともなく、何かを相殺することもなく」と述べた後、「何百万人の人々がざんごうの中で、降り注ぐ銃弾の中で、ガス室の中で、そしてここワルシャワの路上で死んだのです。ドイツ人があなた方になしたことをお許し下さい」これが謝罪というものではないか。ドイツの謝罪はこれが初ではない。
選ぶのが難しい
しかも、ドイツは後日詳述するが、被害国への賠償のみならず、被害国民個人への賠償にも向き合い、今なお続いている。日本は韓国をはじめ、被害国の当時独裁政権への賠償ですべて問題は解決したかのごとく開き直っているが、とんでもない話ではないか。
河野談話とはどんな内容だったのか。93年8月4日、当時の宮沢喜一内閣の官房長官だった河野洋平氏が慰安婦問題の調査を受け出した談話である。「今次調査の結果、長期に、かつ広範囲にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、軍の要請を受けた業者が主としてこれにあたったが、その場合も甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり,更に官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は強制的な状況の下での痛ましいものであった」村山・河野談話のどこに事実違反があるのか。
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