KLの駅ホーム
12日(日)快晴なのに心は晴れない。体調が下降に向かうと週末になる。ただひたすら耐える毎日。これが現役時代ならシャキッとしそうな気がするが、気分的にも落ち込むのだ。櫻井よしこの言動をみると、自民党安倍政権の憲法改正案そのものであることがわかる。
いかに保守とは言え、これほど国粋的、国家主義的な考えを公然と前面に押し立てる政権は戦後初めてであろう。安倍政権の誕生で皇室典範の改正は望むべくもないが、櫻井は高慢にも雅子妃に対し、「西欧的感覚を理由に皇室の担い手として危ぶむ」発言さえした。
西洋的感覚は幼少時代からアメリカ人の家庭教師の薫陶を受けた現天皇やミッションスクール出身の美智子妃の方がはるかに強いのではないか。それがどうだというのだ。桜井が理想としている大日本帝国憲法そのものが西洋的思考の産物であることを知らないのか。
キャメロンの銀行
彼女や自民党保守派は現憲法を押し付け憲法だといい、明治憲法は国民が自主的に作ったかのように国民に思わせようとしているが、それも全く事実に反する。明治憲法の原案は伊藤博文ら4人が神奈川県の温泉宿で議論をし、夜には芸者をあげて作り上げたものだ。
良く知られているように、明治憲法は当時の欧州で最も非民主的で君主権の強かったプロシア(ドイツ)を手本としたもので、伊藤は君主の下で権勢を誇ったビスマルクと自分を重ね、幼少だった明治天皇を頂点とした中央集権的な絶対王政を考え抜いたのである。
当時国内では自由民権運動が盛り上がっており、憲法原案の内容が漏れれば、潰されることは必定だった。最後まで秘密で通し、一部貴族で構成する「枢密院」なる組織を作り、そこに諮っただけである。国民には「ありがたくも天皇陛下が賜る憲法」にしたかった。
道路掃除する外国人労働者
自由民権派の憲法草案(例えば植木枝盛)には国民主権は勿論、国民の権利についても、今の憲法にほぼ同じ、或いはそれ以上の先駆的な条文があった。伊藤らはそのことを十分に承知しており、だからこそ、国民に自主憲法制定を委ねるわけにはいかなかったのだ。
ましてや民法や刑法に至ってはフランスやプロシアの法制を引き写すしかなかった。国際的な批判を意識しつつも、例えば家族関係については日本の江戸時代の男尊女卑や儒教道徳に基づく長幼の関係を法律の中に持ち込もうとして、四苦八苦するのである。
まして櫻井が礼賛するような明治以降の天皇家の在り方が、日本の伝統に基づくなどとはとても言えない。葬式一つを取り上げても江戸時代までの天皇家は仏式で行っており、文明開化と称して庶民に禁止した門松や端午の節句などそれこそ日本の伝統は生き続けた。
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