西川の葉桜
8日(水)快晴に誘われて、久しぶりに自転車で西川沿いから関屋分水へ。空気は冷たく、飯豊連峰はむしろ白さを増したように見えた。ベンチでおにぎりを食べていると、80過ぎのお婆さんが「戦争もないいい世の中だねえ」というから「安倍さんは戦争やるかも」
と言ったら「え、そうなの」私は真面目に言ったのだが。私の予想通り、安倍政権の歴史認識にアメリカからクレームがついた途端、菅官房長官は「河野談話」(従軍慰安婦に政府や軍が係ったことを認めた)の見直しを否定したと。信念も何もあったものではない。
自民党の改憲草案を見れば、あの戦争への反省は何もなく、国家を前面に出し、限りなく旧憲法に回帰しようとしているとしか読めない。日の丸・君が代へのこだわりは人一倍強い私だが、右翼・一水会の鈴木でさえ「国旗・国歌は強制すべきものではない」と。
パームヤシの実
現天皇も石原前知事が任命した教育委員で将棋界の米長邦雄(故人)が園遊会で「君が代が全学校で歌われるよう一生懸命頑張ります」と挨拶すると、「強制は良くありませんね」とたしなめられた声がマイクで拾われ、全国ニュースで流された話は有名である。
国旗・国歌ばかりか、第四条に「元号」とあって、「元号は・・皇位の継承があった時に制定する」とまで憲法に書き込んでいる。そもそも元号制度は中国が本家で、周囲の属国であったベトナムや朝鮮が採用(させられ?)日本は645年の「大化」が最初だと。
日本は属国だとは思っていなかったが、中国は属国視していた。元号はいわば中国の植民地主義の産物なのだ。しかもその本家を初め、ベトナムも朝鮮も廃止した代物だ。ましてや、一世一元(天皇一代に一つの元号)など、日本が明治から始めた特異の制度だ。
見られなくなったゴムの樹液採取
例えば、明治天皇の親・孝明天皇は21年間の在任中7回も元号を変えた。弘化から慶応まで。その中に孝明はない。睦仁天皇であるはずが、政治的に明治になった。天皇など知らなかった当時の日本では一世一元制度は天皇の存在を知らしめる効果的な制度だった。
大方の国民は元号制度が日本の伝統だと思っている可能性があるが、事実を知ったうえでもまだ支持するのだろうか。私などは生活上の不便を感じても、ありがたいと思うことは一つもない。海外で私の誕生日は昭和18年ですと言っても誰もわかってくれない。
元号法の成立過程の国会審議で政府は何度も「強制はしない」と答弁し、通達まで出したのに、市役所に行けば元号しか書いてない。私は西暦に書き直して出す。新聞社だって、産経を除き西暦表示で元号は()内だ。ところが賞味期限は法律により、西暦ではないか。
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