芭蕉も歩いた右弥彦の道しるべ
29日(月)晴れ時々曇り。毎日が日曜日の身としては、ゴールデンウイークに出かける気は初めからない。家内は体操教室、私は一人で上堰潟公園を一周、35分で回れた。桜は終わっていたが、菜の花が満開。その後は実家に向かい、友人のギャラリーに寄る。
安倍首相は昨日の式典で「誇りある国に」などと演説したという。全く呆れてものが言えない。誇りが持てないのは、お前たちのせいじゃないかと言いたい。彼の言う誇りってなんだ?海外に出れば日本のあらゆることに胸が張れるのに恥ずかしいのは日本の政治家のお粗末さなのに。
おまけに昨日は天皇の退出時にどこからか万歳三唱が起こり、天皇は戸惑っている様子だったという。そうだろう。昨年、天皇は沖縄への配慮が必要だと何かの席で発言したばかりで、メンツも潰されたのではないか。誰かが仕組んだに違いないが、場違いも甚だしい。
上堰潟公園から角田山を望む
昨日のブログの続きで96条の改正手続きが3分の2の国、カナダは各院の過半数の賛成+3分の2以上の州議会の承認、フランスは各院の過半数の賛成+両院合同会議で5分の3以上の賛成、イタリアでも各院の過半数の賛成+3か月経過後各員分3の2以上の賛成。
韓国も国会の3分の2以上の賛成+国民投票。いずれの国も最後は国民投票だ。安倍政権は憲法を一般法律並みにしようという提案で、民主主義国家ではあり得ない。そもそも99条の「天皇、国務大臣、国会議員はこの憲法を尊重し、擁護する義務を負う」違反だ。それをマスコミも突かない。
もう一つの安倍政権の危険性は教育の国家統制である。橋下市長がやりだした教育長を首長の思いのままに動かそうという制度改革である。橋下の理屈は地方自治の全権委任を受けた?首長が予算執行権を握っているのに教育委員会の人事に関われないのはおかしいというものだ。
桜は終わり菜の花畑
戦後日本はドイツのように文部省の廃止まではいかなかったが、教育委員会は独立機関とし、教育委員は住民の選挙によって選び、教育長は委員会の中で互選とした。それを56年の教育3法改悪によって、公選制は廃止、教育長は任命制となり、縦の関係が確立した。
今や文科省―県教委―市町村教委―校長―中間管理職―教員という教育に最もふさわしくない命令系統の下で画一的な教育が行われている。この関係に逆らわない範囲内で教員に対し、創意工夫を発揮せよと言っている。世界では4権分立が模索されているのに。
首長の交替ごとに教育目標や恣意的な教育長の任命や教育委員の入れ替えが行われていいのか。常識的な国なら、そうした考え方は即座に否定されるだろうに、日本では橋下や安倍の言い分に賛同する人々が多くいることに驚き呆れる。教科書の国定化も彼らの視野にあるだろう。
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