タナ・ラタのモスク前で
3日(水)雨だが、気温は昼現在で10度あり、温かい。キャメロンでは10度というと寒くてたまらないと言った感じになるが、新潟では暖かく感じる。人間の体の順応性というか適応力はかなり高いということか。我が家はまだだが、隣家の梅が咲き始めた。
教育に関心のない方には退屈かもしれないが、しばらくお付き合い願いたい。安倍ら自民党保守派や維新の会は口を開けば、現在の憲法を「占領憲法」や「押し付け憲法」とののしるが、公平に判断して、当時の日本の政府に民主的な憲法が書けたのかという問題だ。
憲法案は大きくいえば5つくらい発表されたが、政府に近い案は国民主権にさえ触れられず、天皇の地位を「神聖にして侵すべからず」を「至尊にして侵すべからず」と書き換えてごまかそうとしたほどで、国民主権を受け入れる意思も能力もなかったのだ。
喫煙は18歳から
占領軍に一発のもとにはねつけられ、マッカーサー案の押し付けを許す結果になった。マッカーサー案の下地になった案が日本側の憲法研究会案だったということで、丸ごと有無を言わせずの押し付けではなかった。安倍らに繋がる人々への屈辱だったことは想像にかたくない。
教育問題についても、敗戦直後の文部省通達、大臣訓令・談話には、天皇制の「国体護持」教育勅語の奉戴」を強調し、45年9月15日の「新日本建設の方針」にも「今後ノ教育ハ益々国体ノ護持ニ努ムル」と述べる有様で、戦前の教育に反省する姿勢がまったくなかった。
ここでも占領軍(GHQ)の介入を招き、46年5月の文部省は教師のための手引書「新教育指針」を発表した、これにも安倍らは「日本弱体化のための文書」と批判しているが、この作成に関わった文部省教科書編纂課長・石山脩平氏、のち東京教育だ教授の話は参考になる。
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皆にこう言ってくれたまえ。「三分の一は、アメリカ側に書けと言われたそのままに書き、三分の一は両方で話し合って書き、残り三分の一は、私の考えで書いたと」この文書が憲法改正要綱より先に書かれたことにも注目しておこう。一方的な押し付けではない。
文部省発行の「新教育指針」を何十年ぶりに見ている。今なお新鮮で、この内容が戦後教育に貫徹されていれば、日本もドイツやフィンランド並みの制度ができていたかもしれないと、残念でならない。少なくとも私はこれに沿って教育に当たってきたつもりである。
指針は「はしがき」に「教育者が、これを手がかりとして、自由に考え、批判しつつ、自ら新教育の目当てを見出し、重点をとらえ、方法を工夫せられることを期待する」今の文部科学省の若き官僚たちはこうした文書は読まないのだろうが、読ませたい内容だ。
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