白いブーゲンビリア
30日(土)曇りのち晴れ。気温は上がらず、お昼の気温が6度。帰国してすでに半月以上になるが、毎日歩いていると日本独特の風景に気づく。先ずはマスク、花粉の飛ぶ季節であることもあるにはあるが、これは外国人から見たら異常だ。市役所の職員も半数はしていた。
次は自動販売機。どこへ行っても目に付く。街頭、スポーツ施設や病院内、気になるのは電気の浪費である。せめて公共施設から追放したらどうか。建物の高さや色彩、歩道橋や高速道路でさえ、、野放し過ぎる。自然環境の保護とか国民生活の環境や快適さを基準に規制があってしかるべき。
3つ目はスーパーの過剰包装である。先日日本のゴミの量が少しだが増えているという発表、環境省だったからあった。これだけゴミを分別し、国民が協力しても減らない。理由は明らか、問題はプラスチック系ごみだが、日本は業界への規制が弱すぎる。ドイツに倣って製造段階での業者の規制が必要なのだ。何重もの包装を望む国民の意識も問題だ。
野生の蘭
地元紙で月一回の楽しみにしている連載記事がある。「井上慶隆の今昔往来」である。氏は私の教え子の父君でもあるが、長らく高校の定時制教育に携わられた後、新潟大学の教授に招聘され、数年前、退官された。私が尊敬する新潟県が誇る真の郷土史研究者である。
今朝のテーマは「風土が育む異能の人材・不思議な中越」で新潟県中越出身の仏教家で東洋大学創立者の井上円了、創価学会初代会長・牧口常三郎、立正佼成会を開いた庭野日敬、ここでは取り上げていないが、江戸時代の商人で紀行家・鈴木牧之や蘭学者・廣川晴軒それに良寛さんも入る。
氏は「こう挙げてきて驚くのは、彼ら相互にほとんどつながりのないことである。故郷に派閥を形成したわけでもない彼らはいわば、みんな弧峰であった」なぜかと考えているうちに雪に気づいた。「全ての物音が雪に吸われて哲学者になれそうな静寂の世界となる」
バナナの花
「静寂な白雪を幼児の原風景とする中越の異能者たちにとって、ぎとぎとした人間関係がわずらわしかったのかなと思うが、越後は広く深いから、まだよくわからない」と締めくくっておられる。ぎとぎとした関係で教育界を毒している学閥関係者に読ませたい文章だ。
その記事の横に「もったいない酒の陣」という国際情報大教授・越智敏夫氏の文章が載っている。こちらは越後人気質を批判するもので、8万6千人も人を全国から集めながら、他県との連携とか観光地や温泉街との連携などビジネスチャンスを活用していないと。越後人の控え目な性格や目立つことを嫌う気質が災いしているのだ。
ここまで書いて、再び歩く。いつものテニスコートから先日とは逆の新潟大学方面に向かう松林の遊歩道。こちらは整備されておらず、くねくねと回りながら大学の見える地点まで出て、行内に入る。約1時間半の散策になった。努力のおかげで、帰国時の体重は維持できている。
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