突如現れた清掃隊
3日(日)今朝のサンデーマーケットで素晴らしい光景を目にして嬉しくなった。主催者は学校なのか軍なのか、それとも慈善団体なのか分からないが、小中高校生や軍人らしき集団が手に手にゴミ袋や箒、熊手を持って町中や道路のゴミ拾い作戦をやっている!
やはりゴミのポイ捨てが社会問題になっているのだ。観光地となればなおのことだ。以前、長期滞在者のMさんが常にゴミ拾い用の挟みとゴミ袋を持ち歩いて町中のゴミを拾って歩いていることを紹介したが、彼の姿がこの町の人達に影響を与えた可能性がある。
日本もゴミのポイ捨てやゴミ屋敷、ゴミ集積場から資源ごみを持ち去るなどが全国各地で問題になっているが、この国でも同様である。部屋の窓から見ていると、捨てられたテレビを解体して資源ごみを持ち去る、洗濯物を干しながら古着を捨てるインド人女性の姿。
楽しそうに
日本の政治ニュースには眼を塞ぎたいが、そうはいかない。今の政権とそれを支持する多くの国民の姿を見ていると、戦後の国民の動向と重なり、やるせない気持ちにさせられる。つまり、問題の核心から目をそらし、反省もなく、その日暮らしに安住する国民。
問題の核心とは韓国訪問中のミャンマーの指導者アウンサン・スーチー女史が日本について語ったという「過ちは誰にでもあるが、過ちを認めることをためらうことこそが本当の過ちである」という言葉の重さである。戦後の日本の根本的誤りがこのことに発する。
日本があの戦争に心から反省も謝罪もせずに、逆に開き直って「強い日本とか強い経済」などと言っていること、それを追認する多くの国民がいるということである。安倍晋三に繋がるそうした考えを生み出したのは昭和天皇が戦争責任を負わなかったことである。
軍人らしい姿も
そう喝破したのは故・朝日新聞論説委員だった笠信太郎氏だった。憲法上も実質的にも日本の最高指導者だった天皇が責任を取らなかったことで、全ての責任問題が曖昧となり、安倍晋三の祖父をはじめ多くの戦犯の責任追及がうやむやとなり、復権を許すことになる。
マスコミも同様で読売新聞・初代社主正力松太郎などの戦犯も復帰し、国民までも一億総被害者顔をして加害者に仕立て上げられた事実も忘れる。フクシマ事故の責任の取り方は全く戦後責任と重なる。誰も責任をとらず、このままでは同じ道を辿るだろうと思う。
所得税や消費税増税を元手に原発被害者や沖縄に多少のお金をばらまいて黙らせようという手法は目に見えているのに、マスコミは何も追求しようとはせず、大本営発表を繰り返している。安倍政権を生み出した国民こそ、今後起きるであろう事態に責任があることを銘記すべきであろう。
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