想いでのNZ
10日(月)今日は先日できなかった最高裁裁判官の全員に×をつけ、転出届を提出してきた。これで国民健康保険証と介護保険証を返納し、新潟市の住民でなくなることになる。職員は淡々と処理してくれたが、自治体によっては拒否するところがあるというから呆れる。
1981年から3年間のシンガポール赴任は私に世界への目を開かせてくれた。東欧あたりの小さな日本人学校で手作り教育を夢見ていたのだが、世界最大の日本人学校で生徒が小中合わせて2000人(中学400人)のマンモス校で国内と変わらなかった。
といっても、出張はない(他校と合わせる必要がないから)、部活動がないから、生徒も教師にもゆとりがあった。現地の子どもと同じで習い事(英語、ピアノ、運動など)はクラブや家庭教師をつけた。我が家の娘はピアノ、息子はソフトボールのクラブチームに入った。
想いでのNZ
私は校内に「シンガポール研究部」を作り、数人の生徒と日本人墓地の調査に通った。これが正常な学校の姿なのだと実感できたし、楽しかった。何より世界の様々な国を体験して集まった個性豊かな生徒たちが素晴らしかった。この個性を削いではならないと決意したものだ。
彼らは知的好奇心が旺盛で、私のつくる自作の資料をもっともっとと要求した。今45歳になった彼らは世界各地で活躍している。語学も堪能で英語は勿論、中国語やマレー語を操る生徒は何人もいた。その個性故に帰国後いじめられた生徒の話を聞いたときは悲しく、とても腹が立った。
日本国内の教育が画一的で出る釘を許さない体制だから、世界で勝負できないのだ。シンガポールは今や先進国だが、私の在職当時も教育への力の入れ方は凄かった。IT教育は日本よりはるかに速かったし、語学教育は英国圏共通のシステムで海外に開かれていた。
想いでのNZ
中学校の理科教師にはチューナーという助手がついており、薬品管理などもやっていたし、小学校には巡回式に歯科医がいた。もう30年も前の話である。今朝の新聞にシンガポールの外国人労働者の問題が報じられている。人口が当時の倍になっているのには驚いた。
カルチャーショックは教育面だけではなかった。圧倒的な多数(75%以上)を占める中国人国家にも拘らず、マレー人、タミール人、ユーラシアンの4つの民族が平和共存するしたたかな政策の数々。隣のマレーシアもそうだが、典型的な多民族国家の有様である。
人民行動党という事実上の一党独裁国家であり、言論の自由という点で問題を抱えているが、リー・クアン・ユー初代首相をはじめ、歴代のリーダーたちが国民目線で政策を打ち出すあたりは日本の政治家も学ぶべきだ。両国は東南アジアでは優等生だろう。
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