チェンマイのパン屋さん
27日(土)爽やかな秋晴れ。日本の議会や議員の有様を戦後60年以上も見せられていると、これが当たり前の姿だと思ってしまうが、こうして他国と比較してみるとおかしなことに気づかされる。日本では地方議会からして住民に開かれておらず、立候補さえ難しい。
議会は平日だから、勤めている一般住民の立候補は不可能だ。仮に公務員が有給休暇を取って傍聴に行ったとしても大阪では問題になりそうだ。日本の地方議員が建設、不動産、自営業者が圧倒的に多く、利権が露骨に求められ、補助金や交付金の獲得が使命となる。
報酬にしても、勤務日数が少ないのに市会議員40万円、県議会70万円と高いことが特権意識の基になっている。費用弁済が原則の欧米では考えられないと。そもそも、政治の最も近くで仕事をしている公務員の政治活動を禁じるおかしさに国民は気づいていない。
チェンマイの市場
もっとも戦前の日本は無報酬で名誉職であり、費用弁済が原則だった。戦前の議会は天皇の翼賛機関であり首長も国の任命で比較すべくもないが、戦後も議員が特権意識だけを持ち、議会の機能を果たさず、事実上首長の翼賛体制になっているのは許しがたい。
今でも覚えているが、95年に村山内閣で中央集権打破を旗印に地方分権推進委員会が発足し、面白い議論があった。例えば、補助金制度の全廃や教科書の自由発行・自由採択など、本当に実現するかと思ったが、中央省庁官僚により完全に骨抜きになり今日に至る。
石原慎太郎による中央省庁官僚の批判はそれ自体は間違っていないが、彼の思惑はその先にある政治家による独裁政治だから認められないのだ。機関委任事務や補助金の全廃に建前として賛成の議員ではあるが、同時に彼らはそれによって利権を失うことになる。
建築中のマンション
官僚政治をドイツのようにガラス張りにするには、政治家には期待できず、国民の意識改革が必要だと思う。元々日本の官僚制度はドイツを手本としたはずなのに、今では似ても似つかないものになっている。ドイツでは公務員は積極的に政治に係るよう求められる。
大部分の職員は政党会派に属し、幹部職員は政党の得票率に比例して割り当てられるという。従って官僚は競って市民に情報を公開しようと努めるのだと。橋下市長のように自分が民意のすべてで自分に反対するものは去ってもらうなどと言えない仕組みなのだ。
ドイツではキャリア(幹部職員)は連邦政府で10万人(日本は2万人)と圧倒的に多いのは、裁量権を最も下位の新入り役人にも与えているからだと。係長、課長と決済する日本のシステムとは違い、ドイツの役人一人ひとりの権限や責任範囲が明確だからできると。
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