除染姿での参加者
15日(月)昨日は駅前の小さな公園での原発反対、瓦礫の焼却処理反対の集会に参加した。福島や山形からの避難者の訴えを聞いた。山形の40代の男性は家の近くの焼却場で瓦礫焼却が始まり、高い線量とともに子どもや隣家の奥さんに原因不明の鼻血が出始めたと。
怖くなって、新潟に避難してきたのだと。新潟でも焼却が始まり、行政は国の発表を鵜呑みにして「安全だ」と説明しているが、その国は震災前は㎏あたり100ベクレル以上のものは放射性廃棄物として、原発内でドラム缶に入れて保管し、六ヶ所村に運び出していた。
つまり、一般の廃棄物とは別扱いだったのだが、事故後の11年6月には8000ベクレルまでそのまま一般廃棄物として埋めて良いことにし、10月には10万ベクレルまで埋設可能としたのだ。ここまで来ると感覚が麻痺してきそうだ。それが政府の狙いかもしれない。
思い思いの格好で
現地で防潮堤建設のために瓦礫が足りない(南相馬市長)という声もある中で、わざわざ瓦礫を他県まで運び、放射能を拡散する必要などない。瓦礫の処理は被災地のために必要な支援だと思い込まされてしまっている。その後古町まで50名余りでデモ行進。
今日は柏崎刈羽原発差し止め訴訟第二回口頭弁論の日で出かける予定だったが、読みたい本や論文が山ほどあり、傍聴券があてにならないことも考えてパスした。今読み進めている田坂広志氏の「官邸から見た原発事故の真実」関連で田坂氏の論文をネットで発見。
氏は事故時管直人氏が安全委員会に不信感を持ち、3月29日から9月2日まで内閣官房参与として呼ばれ事故対策に取り組んだ人物である。氏は40年前、原子力に夢を抱き、東大の原子力工学科を卒業、専門は「高レベル廃棄物最終処分」で安全に地層処分を実現することが研究のテーマだったと。
駅前通りを行く
今月12日付で日経ビジネスオンラインに載った論文は「『原発ゼロ社会』は選択の問題ではない。不可避の現実である」というもので、政府も財界もメデイアも「原発ゼロ社会を目指すべきか否か」の議論をしているが、それは全くの誤解に基づく議論だと。
何故かと言えば、「原発と核燃料サイクルから発生する「ゴミ」を安全に捨てる方法が確立されない限り、いずれ原発は稼働できなくなること。日本学術会議が「現時点で、10万年の安全性を保証する最終処分(地層処分)を行うことは適切ではない」の報告は重い。
「残念ながら、政府も財界もメデイアもこの学術会議の提言が意味するものの大きさと深刻さをまだ理解していないようです」「地層処分ができないということは、数十年から数百年の期間、新たな処分法が開発されるまで暫定貯蔵(長期貯蔵)しなければならないということ」を理解すべきだと。
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