NGOが建てたラオスの学校
13日(土)今日は義叔母の49日法要で、お寺に行き、じっと我慢してお経に聞き入るわけだが、日頃信心のない自分が葬式や法要の時だけ神妙にしていることが偽善に想えるのである。死者を悼む気持ちは人後に落ちないつもりだが、宗教心となるとまた別である。
日中関係の出口が見えないまま、尖閣問題の影響が拡大し、文化やスポーツ交流までが閉ざされていくことに暗澹たる思いになる。今朝の投稿欄にも中国語や太極拳を習っているという中学生が「大好きな中国和解を願う」といういじらしい投書をしている。
真偽のほどは分からないが、政府が急に尖閣諸島の国有化を言い出した背景に、石原都知事が野田首相との会談で「中国との戦争も辞さない」との発言を懸念して急いだという。間もなくこの世にいなくなる人物の過激な歴史観に引きずられて、戦争などしたくはない。
ラオスの子どもたち
元外務省中国課長で政治学者の浅井基文氏のコラムを読んでいると、私も確信していた「尖閣は日本固有の領土」論に自信が持てなくなってきた。7日付の「尖閣問題に関する志位・共産党委員長発言に対する疑問」で中国側が示している資料の検討の末の疑問である。
志位委員長の発言とは外国特派員協会での講演と質疑応答の際の発言。共産党の主張のポイントは「近代にいたるまで『無主の地』だった」「中国は75年間一度も異議を唱えず」「第二次大戦後も70年代まで抗議なし」「日本が実効支配し中国も認めていた」
「日本の領有行為は国際法でも正当」「侵略によって奪ったものではない」日本政府の主張もほぼ同じ主張だと思うが、これほど整理された形で国民には示していないし、マスコミも歴史的事実や文献を示しながら解説してはいない。おそらく共産党だけではないか。
私は党員でもないし、共産党を弁護する義務もない。私が一番気がかりだったのは最後の「侵略云々」の点だった。共産党の説明に納得していた。しかし浅井氏が紹介している中国側の主張の文献の中に「日本の外務省編纂・日本外交文書」及び「内務省『公文別録』」なる当時の秘密文書があって、国境画定に動いていた明治初年の動きが克明に記されているのである。
明治政府の井上外務卿や山縣有朋内務卿が中心になって、沖縄県令に対し、琉球周辺の無人島の調査を命じて調査させた事実、その調査報告を精査した結果、国標(標柱?)を立てても、沖縄県の管轄にしても問題なさそうだと結論付けながら、「目下の情勢では見合わせるべきと思われる」と見送ったやり取りが記されているのだ。つまり、清国の抗議が予想されるので、「他日の機会に」となったという。事実その後起こされた日清戦争の結果、日本は圧倒的な力を持って「中国からの抗議を無視できる状況」が生まれたのだと。
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