チェンマイの立派な病院
30日(日)昨日は脱原発をめざす新潟市民フォーラム主催の講演会で「柏崎刈羽原発運転差し止め訴訟の意義と展望」で水内弁護士の話を聞いた。今までの原発関連の裁判は全て住民側の敗訴だった。あの事故を受けても変わらなければ、日本の裁判所の存在意義はない。
今まで、最高裁が「高度な専門技術を扱う原発訴訟では行政庁の判断を尊重する」との基本方針が判決に圧力になっていたと。その見直しが始まったとのことだが。少しは期待していいだろうか。事故後に新たに起こされた訴訟は柏崎刈羽を含めて13件、事故以前に起こされた3件を含め16件ということだ。
終わった後、水内弁護士を囲んで懇親会。そこで聞いたN市会議員の話も参考になった。新潟市議会で「柏崎刈羽原発の再稼働に慎重対応」を求めた決議案が可決された経緯。弁護士からは仮に来年再稼働が実施される情勢になった時は仮処分を求める可能性もありと。
街を行く箒売り
今日は原発県民投票みんなの会主催の映画「シェーナウの想い」を観てきた。シェーナウはドイツ南西部フランス国境に近い人口4500人余りの小さな村。その村の住民たちが「原発のない未来のための親の会」を結成し、学習し、電力会社と戦いながら電力会社を作っていくドキュメント映画だ。。
きっかけになったのが1986年の2000キロも離れたチェルノブイリ原発事故だったと。村に原発があったわけではない。村から25~35キロ地点にフランスの原発が恐怖だったと。原子力村の話は日本だけではなかった。あの原発全廃を決めたドイツも同様だった。
行政と電力会社の癒着も同じなら、村への寄付を条件に長期契約を迫る。住民はその契約を無効とするための住民投票運動を起こして勝利し、村の電力会社EWSを設立。送電網買取に動く。それを支援する銀行が現れるあたりが日本と違う。全国からも支援の輪が。
街のあちこちに13世紀のストーパ
会社及び推進派は逆に住民投票を求める。猛烈な脅しや切り崩しの中でも住民たちは戸別訪問で説得を続けながら、僅差で勝利する。その勝利の年がなんと巻原発の住民投票が勝利した同じ96年だった。巻原発の住民投票も全国初の画期的な勝利だったのだ。
諦めないシェーナウの電力会社は送電網の売却価格を2倍(4億円余)に引き上げる。くじけない住民は全国に寄付を呼びかけながら裁判の準備もやる。ドイツの行政裁判の立証責任は行政側にあるから住民は勝訴を確認してのこと。この点でも日本と違うのだ。
ドイツでは日本より電力の自由化が進んでいたことも住民側に幸いした。巻は原発を阻止しただけでも画期的だったが、シェーナウは自分たちで電力会社を作り、その運動を全国に広げたことが凄い。メルケルの決断の背景にこうしたドイツ人の賢明さがあったのだ。
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