新潟駅南
9日(日)今日は午後から新潟駅南のドンキホーテ前で原発の再稼働についてシール投票と金曜デモの宣伝チラシ配りを7人でやった。古町とは違い、圧倒的に中高校生を中心とする若者だった。1時間で投票に応じた人は184名。半分以上は無視して通り過ぎた。
再稼働すべきが29人(15.8%)、再稼働すべきではない67人(36.4%)、意外に多かったのはすぐに廃炉にすべきが37人(20.1%)、分からない51人(27.7%)で再稼働反対は合わせて104人(56.5%)政府の若者は賛成が多いというのは怪しい発表だ。
今朝の一面トップ記事はあの原子力委員会でさえ、使用済み核燃料の「全量再処理案」は無理と考え、原案で放棄したのに、資源エネ庁課長(経産省)の圧力で復活したことが暴露された。同様に30年での0,15,20~25%の選択肢の他に即廃炉案がなぜ消えたのか。これも東電と通じた経産省の策謀だろう。
シール投票に応じる高校生

先日コメントをいただいたpeekabooさんに元教師としては、どうしても答える義務があると感じる。いつか特集を組みたい。学校が山のキャンプ場で豚汁を作って食べる行事を提案したところ、親から「食中毒が起きたら責任を負えるか」の声が上がっって、学校があっさり提案を取り下げたという話である。
最近では珍しくない話だ。最近は「授業時数確保」の名目で意義ある行事を切る学校も多い。私には現場が目に見えるようで苛立たしい。先ずは学校はどんな目的で提案を保護者にしたのか、あっさりと引っ込めた理由は何なのか。責任云々にビビったのなら無責任の極みだ。
日本の教育基本法はその是非はともかく目的に「人格の完成」を掲げる。旧基本法の「真理と正義を愛し、個人の価値をたっとび、勤労と責任を重んじ」の部分は阿部内閣で削除されたが、「人格の完成」を残したのは、日本の学校は知識伝達だけを目的にしないと。
金曜デモの呼びかけ
日本の学校が諸外国にない運動会、文化祭、部活動、合唱コンクール等様々な行事を持っている理由だろう。私を含め日本の教師が卒業後も生徒と関係が続くのはそのためで、悪いことではない。私は特に学校キャンプや学級キャンプを重視し、37年間やり遂げた。
忘れもしない新卒2年目で生徒会主任として学校キャンプを企画し、事故を起こした時も、次年度に辞退した私に校長は「君の企画に落ち度はない。今年もやるように、責任は私が取る」と言われ、励ましてくれた。勿論親からも、教委からも異論はなかった。
特に学級キャンプの教育的効果は計り知れないというのが私の結論である。何より、キャンプでは普段見えない生徒や生徒関係が見える。私はキャンプを通してクラス内のいじめや諸問題を解決してきた実績がある。年度当初に人間関係づくりを3泊くらいのキャンプでやる私学の学校さえある。
海外赴任時に必要な予防接種や健康診断が可能な全国のクリニックを紹介しております。








