誕生祝
29日(水)国際的な常識では話し合いによって決まった国境は尊重され、戦争によって奪った領土はいずれ返還される。北方領土についていえば、その後、日露戦争後にポーツマス条約によって日本がロシアから奪った南樺太は戦後返還されたのは当然である。
逆に第二次大戦によってロシアが北方4島は勿論、千島列島全島を占領したのは不当不法である。日本政府はサンフランシスコ条約によって台湾など戦争によって奪った領土に対する請求権を放棄は当然だったとしても、沖縄や北方領土まで放棄するのは誤りだった。
先ずそのことをきちんと押さえておかなければならない。その上で、その国に付属する島々の領有を主張するには、そこに住民が入植し、或いは漁業の基地にしていたかどうか(いわゆる実効支配)が問われよう。小笠原はその点最もわかり易い例ではないか。
浴衣が似合う
小笠原は1593年に小笠原貞頼により発見され、その後も幕府は調査隊を送って地図まで作成した。イギリス艦隊が勝手に来て領土だと宣言したのが1828年。その後ペリー艦隊も来てアメリカ領土の標柱を立てた。結果的には米英の駆け引きで撤退したのは幸いだった。
今は尖閣諸島と竹島問題である。私の結論から言えば、尖閣諸島は日本固有の領土だと主張できるけど、竹島についてはその自信がない。尖閣諸島についてはその論拠をいくらでも挙げられる。最近の研究によれば明代以来沖縄領であることを中国も認めてきた。
日本が尖閣諸島を編入したのは日清戦争中ではあるが、強引に編入したわけではない。1885年から95年まで10年間に渡って調査し、いずれの国にも属さないことを確認した上での編入だった。その間日本や中国人が魚場を求めて自由に近海に出入りしていたという。
机に注目
日本人が入植し、アホウドリの羽毛の採取や海鳥のはく製、そして鰹節の製造など99戸、248人もの日本人が暮らしていた。だが、鰹節工場が閉鎖され、無人島になったのが1940年だが、実効支配は続いている。中国が領有を主張し始めたのは海底資源の発見後だ。
尖閣諸島は沖縄県石垣島に属しているから、日本の敗戦で昭和天皇や吉田茂の間違った選択により、沖縄県をサンフランシスコ条約で請求権を放棄し、アメリカの施政権下に入った。当然尖閣諸島も主権を奪われたが、中国の地図では日本領と明記してあった。
53年1月8日付の中国共産党機関紙・人民日報にも琉球群島に尖閣諸島が含まれていると紹介されているという。むしろ台湾の漁民との間に操業を巡って摩擦を繰り返していた。朝日新聞記者、故筑紫哲也は「このままでは第二の竹島になる」と警告していたと。
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