バルセロナの町
23日(水)オリーブや小麦しか育たない痩せた大地にさしたる産業もないスペイン、ポルトガル両国が大航海時代を経て、一時代世界を制覇しえたのは、バスコダガマ、コロンブス、マゼランという冒険者たちが切り開き、先鞭をつけたからに他ならない。
彼らに「発見」された中南米のインデイオこそ迷惑だっただろうが、アメリカ西部から中南米全てを植民地にし、メキシコの銀をはじめ、奪えるものはすべて持ち帰った。金銀だけではない、コロンブスが持ち帰ったトウモロコシ、ジャガイモ、ヒマワリ、カボチャ、トマト、トウガラシ、イチゴ、ビーナッツ、サツマイモ等は食生活を格段に豊かにした。
今回は全食事つきで、いろんなものが出たが、これはという美味しい料理はなかった。どこも先ず生野菜のサラダが出て、スープ、そのあとのメーンデッシュは豚、牛などの肉料理、パスタ、パエリア、ドリア等の米料理、味付けはオリーブ油と塩の単純なもの。
バルセロナの町
しかもスペイン料理は味が濃く、とても美味しいとは言えない。ポルトガルに入ったら、味が薄くなり、カジキマグロのソテーが唯一美味しいと感じた一品だった。コロンブスが持ち帰ったものの中にはやサトウキビ、コーヒー、タバコもあったから、これらがなければ、現在のスペイン料理は成り立たない。コロンブス船に積み込んだものを調べると。
水、ワイン、塩漬けの肉と魚、ビスケットや乾パン、野菜は玉ねぎやニンニク、豆類しかない。その他はアーモンド、ブドウ、イチジク、調味料としては酢、オリーブ油、ハチミツ程度のものだ。この程度の食材ではあのアルハンブラ宮殿の宮廷料理とて知れている。
ただ嬉しいことに、レストランやホテルで飲むドリンク類の安いことだった。水、コーラ、ワイン、ビールなど、基本的には2ユーロ(1ユーロ100円として200円)で、ボトルで頼んでも一本8~16ユーロで、毎晩ワインにこだわり、1本は空けることになった。
バルセロナの海岸
昼食は地ビールに挑戦。5種類は飲んだと思う。ホテル内のビールの価格も日本のホテルのように市販価格と桁外れの価格ではなくほぼ変わらない。日本のあのべらぼうな価格の理由が分からない。流石ワインとオリーブの国で、この二つだけは堪能できた。
スペインに限らないが、侵略者や移住者は自分の故郷の地名を移住地につけたがる。恥ずかしながら、アメリカのシェラネバダ山脈がスペイン発祥だとは初めて知ったし、サンフランシスコや母を訪ねて3000里の南米アルゼンチンのコルドバもスペインの歴史的都市だった。日本も占領したシンガポールを昭南島と呼び、占領司令官の山下通りや昭和通などというバカげた道路名を付けて、敗戦後ただちに改名された歴史を持つ。
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