この住宅もガウデイ作
22日(火)3週間ぶりにテニスが出来た。やはり気持ちいい。さて、旅はスペイン第二位の都市、バルセロナから始まった。市内観光はほぼ世界遺産のガウデイの作品建築物めぐりのよう。サグラダ・ファミリア(聖家族教会)、グエル邸、公園、カタルーニャ音楽堂。
私はこの19世紀の建築家を知らない。奇抜さだけが目立った。特に古いわけでもなく、私には理解不能だった。スペインの歴史を概観すると、ローマ支配下以来だけを見ても、キリスト教、イスラム教、キリスト教支配と変遷してきた。今は95%がカソリックとか。
今のイスラエルとアラブの紛争に繋がるユダヤ・キリスト教とイスラム教の対立はイベリア半島の各地で繰り返されてきたのだ。でも驚いたのは各地の宮殿や教会建築が両宗教の見事な融合で成り立っていることだった。どちらかと言えばイスラムの色が濃いような。
ガウデイ作カタルーニャ音楽堂
私は現地ガイドのFさんに質問。「レコンキスタで復権したとき、イスラム建築を破壊せず、拡張融合の道を選んだ理由はなぜですか」Fさんは「日本語で答えるのは難しい。今度おいでになるまでには暗記してお答えできるようにします」と笑わせた。これを見ても、平和共存は可能なのだ。
8世紀にイスラム帝国支配下にはいった時も、イスラムはキリスト教やユダヤ教を追放したりせず、一定の制限下で信仰の自由を認めたではないか。お互いに相手の神を認めたくない気持ちの強さは分からないではないが、歴史に学べば、平和共存しか道はないのに。
今やイスラム圏のアラブ世界はキリスト教欧米国家の後塵を拝しているが、11世紀に始まる十字軍がイスラム帝国になだれ込んだとき、十字軍の医学知識の幼稚さをイスラム教徒が嘲笑ったとの逸話が残るように、イスラムが先進国でヨーロッパのキリスト国が後進国だった。
カタルーニャ音楽堂前で
スペインのバルセロナやコルドバは欧州はおろか、世界有数の大都会だった。その面影を明らかに残していた。ローマやチェコの街より清潔で落ち着いた佇まいがあるように思われた。それを実現したのは15,6世紀の大航海時代の略奪によるというのも皮肉だ。
バルセロナからマドリードへの新幹線(AVE)は揺れも少なく、快適だった。車内に表示される最高速度は300㎞だった。マドリードからはトレド、コルドバ、ミハスそしてリスボンへは全て高速バスで移動したのだが、車窓から見る風景はオリーブ畑一色。
たまに小麦やトウモロコシ畑を見る程度で、お世辞にも豊かな土地には見えなかった。家畜も一部で羊や馬の群れを観ただけで、これであの大都会の富にあふれたような街並みや教会,宮殿が築けるはずもないのだ。斜陽国家と言われながら、あの落着きは何だろう。
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