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NO2005 思い出の教師たち(2)

アンコールワット内
アンコールワット内 4日(金)このシリーズは何年か前に書いた方もおられる。古くからの読者はパスしていただきたい。新卒の時に出会ったA先生。初対面は1967年4月、十日町市教育委員会室であった。新採者が集められたのだが、私は23歳、先生は当時45歳は超えておられた。

 はっきり覚えていないが、十日町市管内の新採者は10数名だったと思う。正面に教育長をはじめ教委関係者が4~5名。会の目的は今も行われていようが、憲法第15条の「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」を宣誓するためである。

 一人一人が立ち上がって、宣誓する。私は何の疑問も感じずに宣誓した。ところが、A先生の番になった時、「宣誓の前に質問があります」進行役が「なんでしょう」A先生「全体の奉仕者の意味は教育委員会の言うとおりにやる意味ではなく、自分の信念に従って、生徒のために教育活動をやるとの解釈でよろしいでしょうか」一瞬、会議はざわめいた。

アンコールワット内
アンコールワット内 教育長以下の面々は額を寄せ合って、ひそひそ。「しばらく休憩します」再開された会議の冒頭で教育長は「貴方のおっしゃる通りの解釈で結構でございます」A先生は宣誓を終えた。今の大阪市教委での話なら、即採用取り消しになるのではないだろうか。

 私も強烈なパンチを食らったようで、頭の中でいろんな思いが交錯し、まとまらなかった。幸運なことに私はこのA先生と同じ学校に配属になったのだった。A先生は教員住宅に奥様とお嬢さんの3人でお住まいで、私は結婚までの2か月間、下宿生活だった。

ヒンズーの雰囲気
ヒンズーの雰囲気 学校や先生の住宅にお邪魔してA先生の人生観を伺い、さらに大きな影響を受けることになった。敗戦時、若い皇国教師で燃えていた。敗戦による180度の転換に耐えられず辞職。長野県飯山で百姓生活に入った。およそ20年、教育への思い止みがたく、現場復帰を志し、新潟県の採用試験を受けたとのことだった。生徒のために・・の思いを持って。

 戦前の教育を全否定するのではないが、臣民教育は間違っていたと。A先生は国語の教師で、子どもたちには確かな知識と自分で判断する能力を育てたいのだとおっしゃった。組合には加入しなかったが、職員会議では勤務条件や生徒の話には必ず発言された。

 私が何より先生に感化されたのは、授業に対する情熱と記録をとることの大切さである。先生は休み時間や空き時間には常に机に向かい、教材研究や授業後の生徒の発言や自身の発問事項等を大学ノートにびっしりと書き込まれる。私が新採でストに突入し、翌年早くも転勤を命ぜられた時も、最後まで心配され、「君は下手をすると山周りをさせられるから、教委に3年後には新潟に返すと念書を書かせなさい」とアドバイスくださった。

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