初めから何もなかったような

29日(日)昨夜は5人の退職者を慰労する会があった。みんな組合の活動家で、職場で発言をしてきた人たちである。これでますます職場から発言者が消える。最近は職員会議での発言は先ずなく、一部の人間によって決められた内容を連絡する会になっていると。
益々学校から活力が失われ、それが子どもたちに跳ね返ることは目に見えている。職員会議での挙手・発言・採決を禁じた東京方式が全国に浸透しつつあるのだ。教育にとって何より大切なのは創造性や自主性だろうに、それを奪うようなことばかりをやっている。
私の先輩たちには自由に生きた方は沢山いる。井上慶隆氏もその一人である。氏による月一回の「今昔往来」の新聞連載が始まった。氏は郷土史家となっているが、元は高校の社会科教員で、定時制高校にこだわり、最後は乞われて新潟大学教授で退官した方である。
衝撃の強さ
私の見るところ、氏は県内で最もまともで尊敬できる歴史家である。たまたまお嬢さんが私のI中時代の教え子だったこともあり、食事にお呼ばれたり、親しくお付き合いいただいた。いただいた著書には「鈴木牧之全集」「廣川晴軒伝」「なむの大地」など。
その他「良寛」など、長年県内の史実を掘り起し、世に問うてこられた。今日の「今昔往来」は新潟自慢の酒と米がいつ頃から今日の地位を確立したかという内容である。世間の予測に反して、江戸時代の新潟米や酒はまずいので有名だったという話である。
ネットで名酒ランキングを探すと、サイトによって差はあるが、10位以内に越乃寒梅、緑川、久保田、八海山がはいっている。別のサイトでは八海山が1位で、久保田、越乃寒梅と続く。〆張鶴、麒麟山、雪中梅なども入っている。米はコシヒカリが不動の地位だ。
放射能廃棄物を覆う
日本の米も酒もそして味噌も個人や中小企業によって自由に作られている。自由競争の下にあるから種類も味も多様で常に品質の向上がなされる。それに対し、ビールはわずか数社の独占企業によって生産されるため、品質は均一でも多様性はないし、価格も高い。
新潟の米は1927年(昭和2年)頃でさえ、「トリまたぎ米」つまり鶏でさえまたいで過ぎるほどまずいとからかわれていたというから、信じがたい。1946年の農林1号によって新潟米の名声が上がり始める。そしてこの品種を父稲としてコシヒカリが誕生したと。
酒も1930年の新潟県醸造試験場の開設が手掛かりとなった。先生は酒も米も官民の協力によって今日の地位を築いてきたと。金属も木工加工もこの線で進むべきだと思うが、官と民の連絡調整に当たる政が地道に機能していないと、政治の不在を嘆いておられる。
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