我が家の春
18日(水)毎日自転車や徒歩で近辺の桜の開花をチェックしている。快晴の日々が続いているのに咲きそうで咲かない。空気が冷たいのだ。今年は雪が深かっただけに、春が待ち遠しいのだ。東北の人々はなおのことだろう。近くの寺尾中央公園だけは2分咲き。
メルケル演説は続く。引用が長くなっているが、政治家や国民もしかと耳を傾けるべきだ。「確かに日本で起きたような大地震や巨大津波はドイツでは絶対起こらないでしょう。しかし、そのことは問題の核心ではありません。福島事故が我々に突き付けている最も重要な問題は、リスクの想定と事故の確率分析をどの程度信頼できるのかという点です」
「なぜならば、これらの分析は我々政治家がドイツにとってどのエネルギー源が安全で、価格が高すぎず、環境に対する悪影響が少ないかを判断するための基礎となるからです。私があえて強調したいことがあります。私は去年秋に発表した長期エネルギー戦略の中で、原子炉の稼働年数を延長させました。しかし私は今日、この連邦議会の議場ではっきりと申し上げます。福島事故は原子力について私の態度を変えたのです」
梅も咲いた
私は感動しながらこの演説文を読んだ。日本の自民党や民主党の誰がこれほどの反省と確保とした決断をしたことがあるか!誰もいない。自分の誤りを国会議員や国民を前にして、はっきりと認めたのである。熊谷氏はメルケルにとっての一種の「敗北宣言」だと。
日本以上に論理的な整合性を重視するドイツ社会で、今までの考えが浅かったことを認めることはドイツでも珍しいのだと。日本から1万キロ以上も離れた国の指導者が、福島の事故に正面から向き合い、己の知覚能力、想定能力の限界を正直に告白したのである。
科学者として、科学に対する謙虚な心の表白とも取れるし、それ以上に政治家として、国民の生活や安全に対して責任を負う重い決断だと私は思う。野田や枝野のごとき信念も何もない政治家が信用のならない科学者(安全委員会)さえ無視して政治的判断だと?
咲きそうで咲かない公園の桜
橋下大阪市長が「政治家が原発の安全確認など出来るわけがない」などと、立派なことを言っているが、科学者だから正しい判断が出来るという保証などない。安全委員会、保安院、原子力委員会の「専門家」をその任につけて甘い汁を吸ったのは政治家ではないか。
勿論メルケル氏が独断で原発ゼロを決断したわけではない。意見を求めた組織は2つ。一つは原子炉安全委員会(RSK=専門家)もう一つは素人?の安全なエネルギー供給に関する倫理委員会(哲学者や神学者など)後者はメルケル氏が福島後に設置した委員会である。結論から言えば、ドイツの原発は安全だと答申した前者の意見を退けたのである。
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