隣家の子を預かって
15日(木)野田首相がいよいよ原発の再稼働に本気のようだ。彼の原点である松下政経塾というのは、前原氏を見てもわかるように、根本は日米同盟基軸、国民生活より経済成長重視路線だとみていい。消費税増税と原発推進が不退転の決意で進める政策のようだ。
橋下市長の論理は明快だ。私は府民や市民の過半数の支持をえて知事や市長に就任した。知事や市長に認められている人事権を使って教育委員などの委員を自分と同じ意見を持つ人物を任命するのも自由だし、その組織が発する命令に従わないのは違法で無責任だと。
彼は法律家出身だが、民主主義の原理原則をそのように学んだのだろうか。とんでもない歪曲である。彼の理屈がそのまま通るなら、教育委員会を初め、全ての第三者機関は存在意義を失い首長の御用機関に堕す。(私の主張は教育委員会を戦後の公選制に戻すべき)
レーニン像は無事だった
私は国旗国歌法案に最後まで反対したが、成立した以上認めざるを得ない。しかしながら、確認しておきたいのは、国会審議の中で「強制しない」としたのであり、歌うか歌わないか、掲揚するかしないかの自由を否定したものではない。誰が命令できるのか。
石原東京都知事が任命した将棋界の名士米倉邦雄氏が園遊会に招待された席で現天皇に向かって、張り切って「君が代が都内全校で歌われるよう一生懸命やります」と申し上げた時、天皇は「強制は良くありませんね」と答えた模様はカメラ音声でとらえられた。
橋下市長の行為は天皇の意向にも反することだ。マスコミはそのことを彼に問うて見てはどうか。日の丸・君が代には戦時中の消しがたい歴史(他国民に強制した)や歌詞が国民主権に反する内容があり、掲揚したくない、歌いたくない国民がいても当然なのである。
戦争博物館入口
つまり、思想良心の自由にかかわる事なのである。国旗、国歌に関わる国民意識は国によって違う。私がいたシンガポールやタイは毎朝、国旗を掲揚し、国歌を斉唱する。アメリカ同様多民族国家にあっては、一体感を持つ国民意識を育成するには欠かせない行事だ。
逆に、ドイツでは国旗国歌は国家的行事、オリンピックとかサッカー国際大会のような時しか歌わない。卒業式や入学式に掲揚や斉唱を強制なんて笑いものだ。日本だって、戦前の1931年の朝日新聞のコラムに「むやみに国歌を歌うのは不敬だ」と書いていたほどだ。
日本のどこかの市で国旗国歌法案が成立した時、国旗が掲揚されていない家をチェックした例がニュースになったことがある。卒業式で君が代を歌うか歌わないかが、教育上どんな悪影響があるというのか。自分の子どもたちにも家庭で強く指導しているのだろうか。
海外赴任時に必要な予防接種や健康診断が可能な全国のクリニックを紹介しております。








