向かい合うバイク
14日(水)1943号の「女性天皇を認めよ」に対し、連日反論のコメントを書き続けている「通りすがり」さん。ありがとうございます。残念ながら、神武天皇を実在と認め、天皇は男女平等や基本的人権とは無関係だというなら、論争の気はありません。
君が代も天皇制と深くかかわる問題である。橋下大阪市長が又信じられないような発言をしているが、特別大問題になる気配もない。世論も感覚が麻痺して来ているのではないか。大阪府立和泉高校の中原校長(橋下氏の親友で、府知事時代に校長に招聘したらしい)
が事の発端で、「教頭らに教職員が君が代を歌っているかどうか、口元をチェックさせていた」という。橋下市長は「府教委命令を忠実に実行したまでで、当たり前で、やっていない高校の現場がおかしい」生野府教委委員長がこれを批判したことに対しても、
小型タクシーも多いが怪しい
「府教委命令を出しておきながら、梯子をはずすようなもの。無責任だ」と。もうムチャクチャだ。少なくとも校長やその命を受けて動いたゴマすり教員の心は卒業生に非ず、口元チェックに追われていたということだ。ここで、およそ40年前の私自身の体験を思い出した。
私は20代後半。某中学校での出来事。卒業式後の祝賀会(当時は体育館で行われた)で、PTA役員が私に酒を注ぎに来て、「先生は君が代斉唱の際、歌いませんでしたね」「私はあの歌が嫌いです」その時はそれで済んだが、その人物、自民党某政治団体の役員だと、後日知った。
私はいかなる場所においても君が代を歌ったことはない。卒業式等で、当該学年であっても壇上には正対せず、来賓席の方を向いてやり過ごした。当該学年でなければ、職員席にも座らず、会場整理係を買って出て。一番後ろの入退場口に立っているのが常だった。私にとってはささやかな抵抗だった。
ハノイ空襲に耐えたロンビエン橋
後から保護者席を見ると、何人くらいの親が席を立たないかも観察できた。勿論それが誰であるかには関心はない。私は生徒や親に対しても歌わないよう指導したり、要請したりすることもしなかった。歌う自由も歌わない自由もあるとの信念に基づくものである。
職員会議では毎年、必ず資料を提出して、反対する理由を述べたし、私の発言を議事録に残すよう要求したことも、多数決での採決を求めたこともある。この問題で全会一致はあり得ないし、内部で議論さえなかったと思われるのはどうしても認めがたかった。
最も強く反対したのは、式開始に当たり誰もいないステージに向かってピアノ伴奏で敬礼することだった。明らかに戦前の式次第の復活で、戦前はステージの奥にあった天皇皇后の写真(御真影)に対するもので、厳粛さを演出するだけの無意味なものだからである。
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