落とし穴の下の仕掛け
12日(日)昨日は紀元節(建国記念の日)の日で私たちはいまだに反対する集会を開いている。新大を退官された田村裕氏、沖縄県人会会長の上地源光氏両氏のお話を聞いた。田村氏は現在の歴史教育が限りなく、戦前の教育に近づいていると警鐘を鳴らされた。
上地氏は現在の普天間問題に至る沖縄の歴史を解説された。琉球王国は元々独立国家で平和志向の東アジア地域の中継貿易立国だったこと、江戸時代の琉球仕置き、明治政府の琉球処分、昭和天皇によるアメリカ占領容認発言など本土による差別の歴史を説いた。
若い読者諸君にはこの日がなぜ建国記念の日なのかご存じないかもと思い、解説しておこう。世界広しといえども、神話に基づく架空の日を建国記念の日にしているのは日本だけだろう。紀元前660年2月11日に神話上の神武天皇が即位したというのである。発表は1月29日だったが、後日訂正されてこの日になった。
捕獲された戦車
世界のほとんどの国は独立記念日か革命記念日である。海外で日本の由来を聞かれたことはないが、聞かれたら、説明に困るだろう。紀元前660年と言えば、まだ縄文時代であり、国家も成立していないのに、天皇がいるはずもないし、神武を肯定する学者はいない。
明治維新で新政府は京都の人々を除けば、国民にその存在さえ忘れ去られていた天皇を前面に出して知らしめる必要があった。そのための政策が東京遷都であり、天皇誕生日、日の丸や君が代、さらには紀元節の制定だった。学校の儀式などで強制することもやった。
特に紀元節は戦争遂行や戦意高揚のためにフルに活用された。例えば、シンガポール攻略戦では42年2月11日を陥落日と想定し、マレーシア南端のジョホールバルで時間稼ぎのために数日間無為に過ごした。予想に反して抵抗は激しく、11日には陥落せず15日になった。
古タイヤで作ったホーチミンサンダル
占領すれば、現地人に日の丸の旗を配り、日本軍入場を歓迎させるかのような演出もした。自民党による紀元節復活運動は執拗に続いたが、9回も法案を上程しながら、成立したのは67年である。それも「の」を入れ、日も他の祝日と違い、政令で定めることにせざるを得なかった。
「の」を入れた意味は、歴史的事実に基づかない不確かな日という意味である。その後、さらに遅れて99年に国旗国歌法案が成立するが、学校現場では96年頃から学習指導要領を根拠に強制するようになった。処分をちらつかせなければ広がらない代物なのだ。
当時は自民党以外は反対で、社会党は5月3日の憲法記念日を、公明党は日本の占領が終わった、サンフランシスコ条約発効の4月28日を主張。又歴史学者でもあった昭和天皇の弟三笠宮は所属する史学会の坂本太郎理事長に反対決議を迫ったが果たせなかった。そのために国粋主義者が宮殿にのり込む騒ぎもあった。
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