メコンデルタの風景4
3日(土)日報の「双頭の電源地」という、新潟、福島両県が今も昔も首都圏の電源地であり続けた歴史を追った連載だが、今日第6回を持って終わった。貧しい両県が豊富な水と、貧しい財政の故に水力と原発の電源立地を自ら望んで受け入れてきた事実がある。
結論は両電源とも豊かさには結びつかなかったこと、そればかりか、ダムの乱造が今日の洪水の原因になっている可能性も浮かび上がってきた。八ツ場ダムに象徴されるように、ダム建設自体が目的化し、河川ムラや原子力ムラという癒着構造を生んできたのだ。
現在の9電力による地域独占体制も国民の幸せや利便性ではなく、企業の利益優先の結果であること。東日本がドイツ製の50ヘルツ、西日本がアメリカ製の60ヘルツになったのも国民を置き去りにした結果だった。周波数の問題ではなく、縄張り意識の問題だと。
メコンデルタの風景5
公務員いじめの対象は公務員が民間に比べて、いかにも高給を得て、特権的な手当を不当に受領しているかのような報道さえなされている。大阪市の例があたかも全国どこでも行われているわけではない。そもそも公務員の給与は法により民間準拠となっている。
だから、扶養手当(家族手当)、期末勤勉手当、通勤手当、住宅手当等は民間と何ら変わらない。公務員と一括りにしてほしくない。キャリア官僚と一般公務員はシステムも給与体系も全く別なのだから。それから高度経済成長期と慢性不況の現在も違う。
期末勤勉手当とはいわゆるボーナスで最高5.3か月貰った記憶がある。その頃、私より24歳年下の教え子は某保険会社で7か月以上だと同情された記憶がある。通勤手当はガソリン代にもならなかったし、家庭訪問や生徒指導で探し回る旅費も微々たるものだった。
メコンデルタの風景6
退職時には市内出張旅費も出なくなった。住宅手当は上限27000円だったと思うが、そんな高い住宅に入ったことはない。僻地の教員住宅は町や村が教師を歓迎する意味での優遇だったと思う。民間企業だって社宅を持ち、住宅手当も公務員以上ではないか。
民間企業の管理職は責任も重く、それなりの手当てを受け取るのは当然のように見えるが、例えば市役所の部長・課長、学校の校長・教頭の管理職手当がその職にふさわしいかどうかについては疑問がある。学校で一番忙しく、責任を問われるのは学級担任である。
学級担任に手当がなく、学年主任、研究主任、生徒指導主任などに月5000円もの手当がつく。諸外国にそんなものはない。おまけに日本の教育委員会には管理主事や指導主事なる上位下達機関がある。彼らは教師を黙らせる役割しか果たしておらず、税の無駄遣いだ。
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