おはようございます。
津梁貿易の金城です。
来週の今日は私は日本に到着している頃です。
以前は日本滞在中はバカンスのような感じだったのですが、最近では日本にいるときの方が忙しかったりします。
ありがたい話ですね。
さて、本日は意外な人気シリーズ「中国古典」「兵法三十六計」ついて書きたいと思います。
年内には終わらせきれるかと思っていたのですが、思っていたよりも長いシリーズになってしまいましたね。
中国古典:兵法三十六計をまとめてみたい方はこちらをどうぞ。
中国古典:兵法三十六計
今日は、「上屋抽梯」「屋(おく)に上げて梯(はしご)を抽(はず)す。」
これは、以下の故事からの知恵です。
劉表は前漢六代景帝の子、魯の恭王の末裔です。
若いころから儒者として知られ、のちに荊州(湖南省の常徳市を中心とする地域)の刺史(司令官)に任命されました。
しかし当時荊州は群小豪族が割拠して命に服さず苦労したが、これを荒療治で統制し、ついに十万の兵をもつにいたりました。
そのころ袁紹と曹操が戦った官渡の戦いがありました。
部下たちは曹操に味方せよと進言しましたが、優柔不断の劉表はためらい出世の機を逸しました。
彼は次子の劉琮を愛し、長子の劉琦を遠ざけたため後継者争いが生じ、このため十五年間苦心して経営した荊州は彼の死後、劉琮の代に戦うこともなく曹操に奪われてしまいました。
本計の例話は身の危険を感じた長子劉琦に、諸葛孔明がさずけた避難策です。
孔明、劉琦に護身策をさずける
自軍の欠陥をわざと敵軍に見せ、有利であるかのように錯覚させ、自国に深く引き入れて、物資の補給、後方支援、退路を断った後、兵力を集中して殲滅する。
これを大まかに解説すると、
利があると思わせて、前に進むように唆して、その後に援軍を断って死地に追いやる。
毒を知らず、食らう方が悪いという計略です。
つまり利をちらつかせた上に、お膳立てして唆し、敵地に孤立させてしまう計略ですね。
それでは次回、この「上屋抽梯」を応用した例をご紹介しますのでお楽しみに!
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