おはようございます。
津梁貿易の金城です。
毎週恒例の兵法三十六計シリーズです。
最近では普通のアフリカビジネスに関する記事と、この兵法三十六計に関する記事とで読者層が違いを感じています。
普段の記事を期待している方も、たまにはこういった記事に興味を持って頂ければと思います。
では、シリーズ化している兵法三十六計です。
本日お伝えする「指桑罵槐」は 、味方に対して行う戦略です。
中国古典:兵法三十六計をまとめてみたい方はこちらをどうぞ。
中国古典:兵法三十六計
では、今日のテーマは「指桑罵槐」「桑(くわ)を指(ゆびさ)して槐(えんじゅ)を罵(ののし)る」
これは、以下の故事からの知恵です。
秦王の荘襄は東、西の小国に分裂していた周のうち、まず西周(紀元前二五六年)を、ついで東周(前二四四年)を伐って洛陽に軍を進めました。
そのあとを受け継いだ嬴政(のちの始皇帝)は、この計を用いて趙の五つの町と、燕の十一の町を手に入れ、天下統一の駒を進めたのです。
このように秦が他の戦国六雄を併呑して天下を統一していった過程をよくみれば、一々武力によってこれを倒していったのではなく、大部分は外交手段によって得たものであり、実際のところ、戦争は十中の二、三の場合にすぎなかったことは史家のほとんどが定論とする所です。
この指桑罵槐の計も、第二十三計の「遠交近攻」もその謀略・外交の手段に使われたものである。
始皇帝は、策により趙、燕の町を労せず手中に収めたのでした。
これを大まかに解説すると、簡単に言えば「当て付け」「当て擦り」「間接攻撃」の計略です。
そしてそれとは別に、この計略にはもう一つの意味と運用法があります。
それは強者が弱者に向かって、脅迫や威圧を加えて利益誘導をし、自身の目的を果たす事です。
どちらも対象に直接的に当たる事を避けている事で共通しています。
それでは明日、この「指桑罵槐」をアフリカマーケットに応用した例をご紹介しますのでお楽しみに!
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