17歳のころ、わたしはスリランカという小さな国のそのまた、ド田舎に
暮らしていました。
英語を話せるようになりたいと思って海外留学を志した私でしたが、着地
したところは自分の想像と180度以上違う世界でした。
日本語を話す日本人どころか、つたない英語でも自分の気持ちを吐露
できる知り合いは近くにおらず、周りは見渡すばかりのココナツ林、
みかける生き物と言えば、ゾウや水牛、イグアナといった具合で、
それまで送っていた高校生活の娯楽環境など望むべくもありませんでした。
持ってきた本もひととおり読み終え、何もすることがなくなった午後、
たとえ着地点は異なっても英語の習得をあきらめきれなかった私は、
辞書をAからひとつづつ読み、調べ始めました。
途中退屈して、Bまで行かずしてその作業は辞めてしまいましたが、
わずかなその学習を通じて思ったことは、日本語同様、英語という言葉に
もまた、教科書に載っている言葉だけではなく、調べても調べても尽くせ
ない、おびただしい言葉の集積があるということでした。
1年後日本に帰ってきたときに、びっくりしたこと、それは、自分の英語力
が飛躍的に向上していることでした。
せいぜい中の上くらいだった、英語の成績は、県で何位という、自分でも
信じられないレベルになっていました。
わたしが生徒の皆に、単語調べって大事だよ、とつい言ってしまうのは、
そういういきさつがあるからだと思います。
また、日本に帰ってくると、同級生からは口ぐちに「いいな~、もう英語
ペラペラでしょ~」と言われました。
でもそう言われる度に、自分の言いたいことをうまく言えなかった数々の
もどかしい経験や、あの膨大な言葉を知ってはじめてペラペラと言えるの
ではないかという実感があり、私はだまって苦笑いするしかありませんでした。
たとえ、成績は上がっても、客観的には英語が出来る人に見えても、英語が
ペラペラになる、ということは自分にとって途方もないことに思えました。
あれから20年以上たった今、英語に触れる機会は度々ありながら、やはり、
英語って難しいな。外国語を習得するのは難しいなと思い続けています。
さて、今日から、インターハイスクールでは、新しいワークショップが
始まります。
今後毎週月曜日に行われる予定の
「English conversation with Mr. Matt」 です。
英語がネイティブレベルか、あるいは英語を話すことに違和感を持たない生徒
を対象に、スピーチ、ディスカッション、ディベートの技術を磨くことを目的に
行われます。
インターハイスクールには日本語以外の言語を第一言語、第2言語とする
生徒たちが多数います。
彼らはこのワークショップに参加してどのような意欲を見せてくれるのでしょう。
彼らと同じ年の自分がぶつかった壁を彼らも感じるのでしょうか?
そうだとすれば、そしてそれを乗り越えようとする様をぜひみて見てみたいなと
思っています。