なぎ倒されたお墓
30日(日)被災地で見た惨状はよく言われるように、テレビで見るのとは違う。どう違うのかと問われれば、よく説明できないのだが、その場に立っての感じ方や思いが違うのではないかと考えた。私の能力ではそこが何とも伝えきれないのがもどかしい。
土台だけの屋敷跡や柱もなく隣の棟とのつながりだけで倒壊を免れている家を見て、ここの住人達は果たしてもう一度ここに戻って生活を再建しようと思うものだろうか。農家や漁業など生産の場ならともかく、学校の近くに新天地を求めて移住してきた人たちは?
第3次補正予算で40数種のプロジェクトに全面的な資金援助があるというが、例えば、住宅の高台移転一つとっても、コミュニテイーの合意形成はそう簡単ではあるまい。漁業の復興にしても、共同事業でと提案があっても、効率だけで話は進まないだろうし・・。
鉄骨だけが残って
目で見てはっきりわかることは、海水が入って耕作不能になった水田の復旧は個人の力ではどうにもならないだろうということ、仮に壊滅した住宅地に戻れなくなった土地の売却も又個人の力では如何ともしがたい。国が買い上げて有効活用すべきではないか?
国や自治体の対応が遅いというのも事実だろうが、あの惨状を目の前にしては、誰がどんな方法で迅速な対応が可能だっただろうかと思ってしまった。地震・津波の恐ろしさを再確認した旅であった。それに引き替え、原発による被害には改めて怒りを新たにした。
南相馬市や飯館村、川内村など地震・津波による被害を免れ、建物は居住可能なのに、放射能被害故に避難し、コミュニテイーは破壊され、家族さえもが引き離される無情さ。原発さえなければと誰もが思う。復興が遅れている最大の元凶が原発であることを再確認。
道路わきに積み上げられた瓦礫
今後の除染計画の工程表が発表されたが、仮置き場に3年保管し、来年度中に中間貯蔵施設の選定を行い、30年以内に最終処分場に移すというのだ。福島第一の1~4号機の廃炉計画も30年と発表された。いずれも当初10年と言っていたのでは?突然20年延びた。
廃炉に10年との東電の発表には当初から、小出裕章氏など原発批判派は出来るわけがない、最低で30年、状態によっては50年を要すると批判していた。氏等の主張が正しかったことになる。中間貯蔵施設は勿論、最終処分場など見通しは全くない中での発表である。
工程表に現実味を持たせるには、先ずこれ以上高レベル廃棄物を増やさない政策、もんじゅやプルサーマルの断念、新規原発の建設はもとより、全原発の稼働停止に向けたプログラムの策定が急務である。反省のない原子力村の面々には任せてはおけない。
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