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25日(火)つくる会の活動の原型は藤岡信勝がつくる会機関紙「史」(99年3月号)に載せた文章に基づいている。「学校の人気投票で決めるのは、教育委員会の権限を奪うもの」論理の飛躍もいいところだ。教育委員は教科書の専門家ではありえないのは明白だ。
特定の教科書を攻撃する。「日本書籍の教科書、その自虐度においてワースト3に入ると言われている教科書です」と断じる。自民党の地方議員は全国でこの社の教科書攻撃を展開し、ついには撤退に追い込んだ。東京都の先生方が投票で選んだものだからである。
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藤岡は「教科書のことは学校現場に任せるべきだという俗論も支配しています」さらに、「信頼できる議員の調査権を発動してもらい、その議員とともに教育委員会に資料を出させる必要があります」と会員に、自民党議員に働きかけるよう指示しているのである。
さらに念を入れ「市町村の教育委員会は一人が教育長を兼ねることになっており、事実上の権限が教育長に集中しているので、これを考慮に入れるべき」だと、教育長への圧力が効果的だと指摘し、必要なら働きかけ方のコピーを送るので、請求されたいと。
「史」99年9月号には「新潟・東京・兵庫の成果を全国へ!」と特集を組み、運動の成果を誇っている。「新潟県議会における風間議員(現民主党参議院議員)の質問が契機となり、小学校教科書の採択に関して、新潟県の教科書の採択制度に大きな前進が見られました。地元13採択区で調査員による絞り込みを止め、区内の教育長による投票で決定した」
調査員、つまり現場の教師を採択業務から排除したことを成果として誇っているのである。教科書から無縁の教育長がどのような基準と判断で投票に参加したのか・・の方が疑問ではないのか。この時は風間氏が期待した教科書の採択にはならなかったが、前進だと。
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この風間直樹議員は当時、自民党系無所属議員で、元新潟日報の編集局長まで務めた旧軍人のN氏とともに「つくる会」の県の中心人物だった。その彼が機関紙「史」に投稿した報告を読むと、本音が明らかになる。「『調査員制度』をめぐる議会での追求」と題する。
要約すると、「調査員(現場教師)が実質的に採択を行っているところに歴史教科書の内容が学習指導要領の趣旨から逸脱する最大の原因であるという考えが質疑の本音である」と正直に述べている。氏は立正佼成会の信者で、32歳で県議に初当選しての初質問だったと思われる。質問の目的が「教科書採択の仕組みを変更させる」ことに置き、上位2社に絞り込むなど実質的な決定につながる調査員の行動を止めさせる。そして、調査員の氏名、経歴、議論の中身を公開させよというもので、これは皮肉にも我々の要求と一致するものであった。
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