角田山の花1
30日(火)久しぶりに角田山に登ってきた。平日なのに20台分ほどある駐車場も満杯。まだまだ暑く、ぽたぽた落ちる汗をぬぐいながらの片道1時間半。頂上で野田新総理誕生のニュースを聞いた。まだ青々とした栗が落ちていたりして秋がそこまで来ているのかな。
野田政権の正体はまだ見えないが、石原都知事が評価をして「頑張ってほしい」などと激励しているのを聞くと、警戒してしまう。我々が知らない保守的な部分がかなり強いのかもしれない。復興を最優先なら細野原発相、平野復興担当相を留任させるべきだろう。
山を登りながら音楽を聴いていたら、No more tearsという曲が流れていた。そこで思い出したのが教え子でプロ歌手としてシンガポールで活躍中のSachiyoさんのブログだった。彼女は自分で書いているが、幼少期から中学までシンガポールで成長した。
角田山の花2
幼少期のつらい体験として、日本人と分かってタクシーから降ろされたこと、卵を投げつけられたこと、中国人のお友達の家に遊びに行っても、家に入れてもらえなかったことなどを綴っている。両親に日本との関係を聞き、謙虚さと思いやりの心を教えられたと。
だから、8月9日は長崎原爆の日であり、シンガポール独立の日(マレーシアからの)でもあること、15日もシンガポールは日本からの解放記念日であることに、複雑な気持ちにさせられるという。自分が今シンガポールで活動する意味を常に忘れたことはないという。
私たちもマスコミもノー・モア・ヒロシマ(NO MORE HIROSHIMA)はよく使う。が、これでは「広島はもはや存在しない」とか「広島はもうなくてもいい」という意味になってしまうという。だからHIROSHIMASでなくてはならず、Sは必要不可欠だという。
角田山の花3
この話は彼女がクリエイテブ・デレクターから「Sは広島の悲劇を二度と繰り返してはならないという意味を世界にアッピールするための大切なSだ」との主張を雑誌に掲載したものを送ってくれたのだという。この単数、複数の解釈は日本人には難しいとも。
私たちは無意識に使ってきたが、その通りではないか。だから、正しくはNO MORE HIROSIMAS 、NO MORE NAGASAKIS 、NO MORE FUKUSIMASでなければならないのだ。すでに起きてしまった広島を二度と繰り返してはならないとの深い意味が・・。
彼女は「今年の広島には特別の意味があると思う」といい、「世界で唯一の被爆国であるのに、なぜこれほどまでに、万が一の場合に備えができていなかったのか。日本は広島に何を学んだのか。原子力エネルギーの平和利用という概念が本当に成り立つのか」と。
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