冬のタスマン会
私が紹介しているドイツの規制機関の話は、ドイツの原発の安全規制を調査した弁護士の首藤重幸氏と青木秀樹氏が00年に衆院議員会館で国会議員に対して講演をした記録によっている。首藤氏は講演の最後に「日本の場合、政府と県が一体ですし、許可行政庁と電力会社の間に緊張関係がない。原発推進派で埋め尽くされた組織や団体が複合的に関与する日本にそのまま導入するわけにはいかない」原子力村と言われる癒着構造のことだ。
青木氏はドイツ独特の民間の検査機関や住民とのかかわりについて詳しく報告している。民間検査協会は中立・独立・能力・サービスを団体の理念とした非営利の団体で全国に6グループあるとのこと。定期検査中は100人位の検査官が来て1~2人は常駐している。
ドイツの原発は19基である。州からも4,5人が派遣される。米国のNRCは100基の原発に対して2700人ほどが当たる。日本はどうかというと、この講演の年00年に保安検査官制度が拡充されて現在の100名ほどになった。日本の原発は52基(当時)もあるのに。
後退一方のNZ氷河
住民参加についてはどうかというと、電力会社から認可申請が出されると、州当局がすぐに1週間から2か月後の間、すべての情報、申請書、安全報告書、影響評価の概要などが公開され、だれでも閲覧、謄写できる。異議申し立て人がすべて参加する公聴会を開催。
最終処分場建設時には29万人から異議申し立てがあり、審査のために18年を要し、最終的に許可にならなかった。裁判でも日本ではもんじゅや六ヶ所村の裁判でも最高裁や高裁レベルで安全保障問題同様、高度な政治問題として判断を避けるのが一般的である。
ドイツでは仮に運転中の原発を止める判断を下す。青木氏は最後に「推進機関と規制機関を早く分けて、規制機関にしっかり規制できる権限をあたえること、諮問機関もその人的構成が一方的に推進側に偏るような、不公正な人選にならないような選出方法を」と。
旅に不自由させないモーテル
こうしてみてみると、いかに日本の原子力行政がいびつで、企業よりであるかわかるではないか。これは原発関連だけではなく公務員全体が「市民のため」に行政を行うようになっていないことがわかる。採用の際に憲法15条の「公務員は全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」を読ませて、宣誓させる意味はなんなのかといいたい。
それもこれも民主主義の未熟さの問題に帰着する。いまだにお役所とか、お上という言葉が生きており、公務員を相手に訴訟を起こす件数の低さや、起こしても敗訴の確率の高さがそれを物語る。世界的に異常な公務員の政治的中立を定める国家公務員法や地方公務員法の改正が先ず必要である。原発の規制機関の議論の中で前進することを望む。
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