5日(金)明日は66回目の広島原爆投下の日を迎える。毎年、いまだに原爆病で亡くなる人々が明日の記念日に名前が奉納される。福島の被爆者(特に収束作業にあたっている人々)が、あるいは一般の人々が今後、どれほどの影響下に置かれることになるのか心配だ。
「おひさま」の時代の6日の場面は確か、「特殊爆弾投下」のニュースが教務室にもたらされ、広島に恋人がいた夏子先生が泣き崩れる場面だった。アメリカによる原爆も日本全国が被害にあった無差別空襲も決して許されない国際条約違反の非人道的な行為だった。
ただ、以前紹介したように、ベルリン自由大学教授のDさんが、広島の資料館を見学して帰国した後私にくれたメール「悲惨です、許せません。でも今後の日本のことを考えてあえて書きます。展示はあれだけでいいですか。経過が理解できません」というもの。
つまり、被害を強調するだけで、あの戦争を反省し、二度と起こさない決意に変えられるのか、ということではなかったか。日本の現状はあの戦争を反省するどころか、新しい歴史教科書をつくる会の運動によって、当時のリーダーを賛美する動きが強まっている。
新潟でも毎年この時期になると、長岡出身の山本五十六を賛美する動きが年々強まる一方だ。先日も役所広司主演の「山本五十六」がクランクインし、12月末公開が決まったとかで、マスコミは便乗し、一貫した日米開戦反対、平和主義者として祭り上げている。
流木は海岸一面
新潟で田中角栄と山本五十六批判はタブー視されている。先日紹介した8月1日の長岡空襲の日に戦後、犠牲者を慰霊するために始めた大花火大会がある。(山下清で有名になった)長岡空襲は五十六が長岡出身であり、真珠湾攻撃への復讐だったという俗説がある。
全国の空襲対象都市を念入りに調べ上げていた米軍には十分あり得る話だが、だとしたら、災厄を招いた本人を市民が英雄としてあがめるのはおかしな話ではないのか。生粋の軍人であった山本五十六のどこが平和主義者と言えるのか、私にはまったく理解できない。
開戦時の首相近衛文麿に日米開戦の見込みを問われて「是非やれと言われれば、半年や1年の間は随分と暴れて御覧に入れる」これが米国に留学もし、日米の国力差を誰よりも知り尽くしていた五十六の軍人としての正確な知識であり、実現可能な戦術のすべてだった。
彼が日米開戦に最後まで反対したのは事実だが、彼が体を張って上層部に日米開戦断念を迫った事実も天皇に直訴した事実もない。むしろ真珠湾攻撃立案の中心におり、むしろ周囲の不安や反対に対して、自分の信念を披歴し、疑問や批判に見向きもしなかった。
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