田んぼの中の脱穀
24日(金)昨日共産党の志位委員長が通産相が停止中の原発の再稼働を進めていることについて撤回を求めたところ、枝野官房長官が「知事が反対と言っているものを稼働させることはできない」と答えたそうだ。当然のことで政府内でも温度差が明らかになった。
再稼働や脱原発について各県、各自治体の長が積極的に発言を始めたことに心強さを感じる。大阪府はもちろん、北海道、福井県、佐賀県、新潟も入れていいかな。さらに立地県でない滋賀県知事までが原発はできるだけ早くやめてほしいとの発言をしている。
今回の震災で原発が自動停止した茨城県の東海村の村長の発言は震災後の自治体の意見を代弁しているように思われる。村上達也村長は22日、海江田通産相の再起動要請に対し「福島第一の原因究明も収束もされていないのに、経済や産業ばかり優先している。立地地域の命を考えていない。こんな国は原発を持つべきではない」と厳しく批判している。
農作業の脇で遊ぶ子ら
海江田氏の「シビルアクシデント(過酷事故)対策が適切にとられている」との発言に対しても、「原子力安全・保安院の検査は表面的だ。原発を推進するため、保安院が検査を形式的にやっている」と述べ、保安院の経産省からの分離独立を要求した。
先日会期延長に関して公明党の態度を批判した。私と創価学会・公明党への思いを綴っておきたい。私の大学の友人に熱心な創価学会員がいた。共に弁護士を目指す学友だったのだが、学会のあの布教にかける熱意には到底ついていけるものではなかった。
初めて海外・シンガポールに赴任した時も、英語の講師に熱心な学会員がいた。二人とも人間的には魅力的で共感することの多い人たちだった。創価学会初代会長・牧口常三郎は新潟県柏崎出身であり、小学校教師、地理学者、治安維持法違反で獄死した尊敬すべき人物だ。
村の路上で遊ぶ子ら
2代目の戸田城聖も立派な人物だったが、晩年、政治進出の誤りを犯す。3代目池田大作になって一層政治化し、おかしくなった。そもそも、宗教が政治に絡んでいいことは一つもない。だからこそ、日本国憲法の政教分離を明記したわけで、世界の民主主義の常識にもなったのである。宗教団体が政党を持つ、今の状態が異常なのだ。
それでも、74年に結ばれた創共協定(作家・松本清張の仲介による創価学会と共産党の協定)に期待を抱いたことがあった。かの戦争に全く反省しない自民党政府を批判するあり方として「神を信じる者も信じない者も」という、スペイン人民戦線思想にダブらせて期待したのだった。ところが、この協定はあっけなく崩れ、創価学会の政治団体である公明党は右傾化の道を歩むのは歴史の必然であったように思われる。でも世間では公明党は平和、福祉、環境の党だとの受け止めがまだまだある。次号で原発政策を検証したい。
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