路上で習字?
13日(月)晴。炎天下でのテニス。でも夕方には22度まで気温が下がり、爽やかである。梅雨入りしているはずだが、あの特有の蒸し暑さ、うっとうしさがないのがありがたい。欧米人ならずとも日本の夏には閉口するが、でもこの雨と気温が豊かな農産物を育てる。
その国の気候が社会的風土や気質に大きな影響を与えることはよく知られている。和辻哲郎氏は日本人の「受容的忍従」気質を気候から来るものと説明している。日本人の多くが(特に最近の若者は)議論を好まず、自分の意見をはっきり言わないのはなぜだろう。
その理由を日本人の島国根性や江戸時代の封建性支配の強さや儒教的上下関係の強さで説明する論もあるが、イギリスも島国だがそんな話はない。封建支配の強さも日本が特別であったとは言えない。儒教も韓国人の方が強いと思うが、彼らは議論好きだ。
早朝の公園
私の見解は明治の国家の有様、天皇を頂点とする極度な中央集権国家、官僚機構が大きいと思う。文明開化で欧米の文化に学べと言いながら、頭は天皇―総理大臣―知事―市町村長―家長という、家族も天皇のためにあるとの同心円的な社会観を強制したことにある。
明治初期に日本に来た多くの外国人の証言にあるように、江戸末期の日本人がいかに個性豊かで自由であったか。基本的に幕府は各藩、各藩は藩内の教育に干渉しなかったことが重要である。全国に個性ある藩校、私塾、寺子屋が溢れ、個性豊かな人材を輩出した。
その人材が徳川の封建体制を終わらせ、近代国家日本を目指すまでは良かったが、その基本を間違え、人権より経済活動が優先されたところに不幸があった、と見る。日清戦争以来、戦争を繰り返すたびに、ものを言わなくなり、国家に対して従順になっていった。
中学生の登校風景
それはアジア太平洋戦争で頂点に達した。今毎日朝ドラの「おひさま」を見て、時々腹を立て、涙しているが、国家が個人の意思に関わりなく戦争に国民を駆り立て、家庭や個人の幸せを奪っていく様は許し難い。主人公陽子の教師としての生活もまた同様である。
女性教師のお茶くみ、雑用など、私が教師になった1967年代にはまだあったことである。戦後民主主義と言っても所詮は与えられたもので、自ら自己主張をすることは我儘と受け止めるのがいまだに変わらぬ日本の風土ではないか。若者が意見を言わないのは何故だ。
私の見るところ、同質な管理教育の結果、はみ出ることを嫌い、みんなと同じであればいじめの対象にならないという処世術に似た心情が育っているのではないか。すべてがそうではないが、社会人になると一層議論を避ける傾向があり、酒席も嫌う。
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