29日(日)快晴。27日朝4時半起床。5時出発の予定が結局5時45分に。関越道に乗り、沼田経由で尾瀬に向かう。尾瀬一人旅である。尾瀬にはさまざまな思い出がある。燧ケ岳に登り、尾瀬ケ原を一人でさ迷い歩いたのは30数年前の学生時代だった。
しばらく遠ざかっていた尾瀬に再び通い始めたのは10数年前からで、最近はもっぱら福島県の桧枝岐温泉口からだった。今回は至仏山登山を考えたのだが、情報不足で結局登れなかった。戸倉からシャトルバスに乗って鳩待峠に着き、歩き始めたのが10時半だった。
鳩待峠からの登山は登りだけに制限されているのは事前に知っていたが、入口の注意書きを見たら、9時以降の登山は自粛してくださいとあった。岩石の崩落事故が相次いだことと、頂上付近のお花畑などの植生が荒らされ、8年間も山を閉鎖したとのことだった。
心ない登山者によって山の環境が破壊され、本当に山を愛する人々の登山の機会を奪ってしまったのだ。至仏山登山は諦め、尾瀬ケ原を縦断して予約済みの見晴の弥四郎小屋を目指す。尾瀬ヶ原は東西6キロ、南北4キロの日本一の大湿原との説明である。途中、群馬県から福島県の県境を越える。西へ進めば我が新潟県である。
鳩待峠は標高約1600メートル。涼しくて気分爽快。峠から湿原の入り口である山の鼻まで3.3キロを1時間半かけてゆっくり下り、ビジターセンター着。担いで登ったビールを開け持参したおにぎりで昼食。途中6人一組にインストラクターの多くの中学生に会う。
時々立ち止まって話を聞くと、時々笑い声と共に生き生きと話に聞き入る子もいれば、全く無表情につまらなそうに聞いているグループもある。授業と同じでインストラクターの力量や熱意の差によって学びに差が出る。子どもの差もあるだろうが、それは小さい。
1時に山の鼻をほろ酔い気分で歩き始める。いわばメーンストリートの縦断6キロの木道は付け替えられたばかりで新しい。行き交う人々に声をかけるが、一番返しの悪いのが、中学生の先頭にいるインストラクターだから嫌になる。それを教えるのも大事だろうに。
燧ケ岳の方向に向かって歩きながら、時々振り返れば、正面に至仏山が頂上に雲をいただきながらかなり近くに見える。2時間半で弥四郎小屋に到着。250人は泊れるという見晴で最も古いこの小屋は1932年開業だ。今ではここだけで6軒の山小屋がある。
あれほど賑わいのある木道だったが、山小屋はガラガラ。聞けば、もうピークは過ぎましたし、最近はお客さんも減りましたと。8300円という料金の高さも関係あるかな。しばらくして入浴タイム。1時間半だけの時間制限。石鹸、シャンプーはもちろん禁止。
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