悪い猫が逝ってから1ヶ月経ち、私もウサオも少しずつ落ち着いてきている。クリニックに連れて行かれた10日後、彼は火葬されて陶器の中に入って帰ってきた。彼の最後を見なかったせいか私は彼はずっとどこかで生きているような気がしていたが、遺灰の入った小さな陶器を手にして振った時のカサカサという音を聞いて、その死が現実だったことを思い知らされ涙が止まらなかった。だがやっと彼の死を受け入れることができたような気がする。私が今一番心配なのは良い猫だ。悪い猫がいなくなってから彼は変わった。しかも悪いほうにだ。
数年前から良い猫は耳が遠くなってきたせいか、夜鳴きをするようになった。家の電気が消されるとおわぁ、おわぁと聞いているこちらの心臓がバクバクするような鳴き方だった。ウサオは耳が聞こえなくなってきたことで、電気が消されると何が何だかわからなくなり、パニック状態になって落ち着くまで鳴くのではないかと良い猫の行動を分析していた。(実際鳴くのは電気が消されてから10分程なのでウサオの分析は当たっているような気がする)
悪い猫がいなくなってから良い猫の生活は一変した。15年もの間、悪い猫は良い猫の目の届く範囲にいるのが当然だった。それが突然いなくなったのだ。良い猫には何が何だかわからなかったにちがいない。そこに追い討ちをかけるようにベースメントの工事が始まり、ベースメントのキャットドアが使えなくなったため、良い猫はこれまでのように好きな時に外へ行くことができなくなった。我が家の近辺は車の往来があまり多くないので飼い猫の多くが気ままに外にも出かけていく。坊ちゃん気質だがプライドが高い良い猫は近所の猫が自分の領土(縄張り)に足を踏み入れるのを許さず、悪い猫以外の猫が少しでも縄張りに入ってくると戦いを挑んだ。彼の戦績は全戦全勝で、近隣のボス猫として君臨していたのだ。長い間自分の縄張りへの侵入者をチェックするため毎日庭に出てパトロールするのが日課だった良い猫にとって、外に行けなくなったのはものすごくストレスだったはずだ。
とにかくこの1ヶ月で良い猫の痴呆は一気に進んだ。夜鳴きどころではない。一日中おわぁ、おわぁと野太い声で鳴きながら私やウサオを探し回る。そのくせ私やウサオが抱き上げると「にゃあ」とそれまでの野太い声からぶりっこの声になる。下ろすとまたおわぁ、おわぁが始まる。その変わり身の早さは驚くばかりだ。やっと静かになったと思ったら寝ている。いまや良い猫が静かなのはうとうとしているか、眠っている時くらいだ。
また食べ物への執着も激しくなった。もともと食い意地が張っていたが、さらにひどくなった。痴呆が進んで食事しても食べさせてもらっていないと言い出す老人の話を聞くが彼もそんな感じだ。10分前に食べたのに、私がキッチンに行くと着いて来て催促する。あれ、食べたのにと思って彼の食器を除くと半分以上残っていたりするのだ。(仕方ないので食器に残ったえさをまた盛りつけ直してあげると、まるで今日初めて食べさせてもらったかのように食べたりする。)猫は一気に食べず少しずつ食べる生き物だと耳にしたこともあるし良い猫も元々その傾向はあったが、明らかにこれまでとはちがう。
何より驚かされたのが、何の反応もしなくなった時だった。良い猫は私がテレビを見ていると膝の上に乗ってきて眠ることが多いのだが、重いので時々途中で降ろすことがある。耳が聞こえなくても良い猫は気配に敏感で、少し体を触るだけですぐに目覚めるのだが、ある時ゆすっても全く動かないことがあった。私とウサオは良い猫が死んでしまったのかと思い、パニック状態になって彼の体をゆすぶっていたらやっと目を覚ましてくれた。私1人だけの時も同じようなことが起きて、私の心臓の方が止まりそうだった。
悪い猫が逝ってしまうまでは年の割りに元気だと思っていたが、ここ1ヶ月の衰えを見ていると心配は尽きない。少しでも長生きして欲しいと祈る日々だ。
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