今日は、昨日凄く疲れていたので、(なぜか)
今日は、運動お休み!(正し、腹筋と腕立て伏せはやろうと思う)
その代わり、街まで歩こうかな?と思ってます。
学校主催のアメリカの大学案内に行きました。
ほとんどが、私の知っている内容で、
我ながら、情報集め、頑張って来たんだな~と感心しました。笑
ま、他の子供達はこのままインターを出て、大学ですから
学校の指示通り動けば良いんですが、
うちはこれから、引越しがあり、、、しかも、
違うカリキュラムで勉強しますから、
損するところもあれば、得するところもあるんですね。
もちろん、海外からのほうが、受験に有利です。(IBDPなため)
しかし、私が思うに、息子など、IBよりAPのほうが良いでしょうし、
すでに、エッセイ、プロジェクト、ラボレポートなどで鍛えられてるので、
G10くらいで、IBの良い部分を学んでいるといえますでしょうから、
アメリカに行っても、今まで苦労した分、メリットは大きいと思います。
そのメリットを最大限使い、大学受験をすればよいのです。
ところで、
グローバルって言葉が日本から良く聞こえてくる、最近ですが、
ぶっちゃけ、何人の日本人がこの言葉の定義を言えるんだろう?
と、意地悪にも考える時があります。笑
私は、ハーフ(国際児)が日本人から特別視されなくなった時に、
日本の「本当の」グローバル時代はやってくる!
と思っています。笑
これはどういうことか?
要するに、
何人でも、どんな文化の人でも、どんな皮膚の色、どんな目の色の人でも、
同じ、人間として、友達や、兄弟、はたまた親のような感覚で、
普通に接し、お話が出来る、心 を持つ事が
グローバル精神のはじめの一歩ではないの?ってことです。
グローバルって言葉を語ってる日本人の記事を読むと、
まずは、英語!と言う感じで、
英語とグローバルは切ってもも切れない関係のように思われる記事が多いですね。
特に、日本のインター系のブログ、エッセイ・コラム等には大変多いです。
実際に、あの特殊な環境でグローバルとは?と疑問に感じる記事も多々あります。笑
海外に縁があって、海外に長く住んでいる私が思うのは、
語学は、ただのコミュニケーション・ツールと思ってやみません。
それより、違う種類の人間を 同胞 と考えられる
心 が必要だと思います。
お話をする時、あらゆる違いを乗り越えて、
まずは 同じ人間!として見れる事なんじゃ?
と思います。
そこから、世界観ができあがり、グローバルな考えが生まれると思います。
だから、そのための英語であって、それだけの英語だと思ってます。
皆が、こんな考えだったら、
コミュニケーションするのに使う言葉は、実は何語でも良いはずなんですね。
話を元に戻しますが、
日本でハーフが特別扱いされなくなる日は、いつ来るんでしょう?
一部の芸能関係のお仕事をされている方には、
商売あがったりーなことになりますので、一概に良いとはいえませんが、
そうなる事で、グローバル感覚開幕~~~!
と思うのは私だけでしょうか?
運よく、日本に赴任になった事のある私は、
日本在住のハーフの子が受ける、日本人による特別視扱いについて
良く考えさせられました。
あるときは、両替しに行った銀行で、
知らないオバちゃんに、
日本語上手ね、英語はしゃべれるの?
梅宮アンナちゃんは、日本語しか話せないんだってね~。
とか、
電車の中で、ただ普通に座ってるだけで、
向かいの女子高生から、かわいい!の悲鳴を聞く羽目になったり、
はたまた、体験入学に行けば必ず、
外国人?と聞かれ。。。英語はなせる?となる。
しょうがない事だと思いつつも、
まだまだ、グローバルには遠いな~と思ったものです。
この特別な視線。
いわゆるガイジンやハーフにはとっても苦痛なんですってね。
主人は、ジェットコースターに乗車中、
前に座っている子供に、
ハロー!ハロー!叫ばれ、非常に困った事があるって言ってました。
しっかり、前向いてないと、落ちるで~!と関西弁で言いたかったと。笑
ゆえに、日本人のグローバル感覚を担うには、
語学も大切だが、グローバルにふさわしい、心 を持つ事ですね。
自分を特別視してるようじゃ、また特別視されるようじゃ、遠い感覚なんです。
グローバルって!
人間、悲しい時、うれしい時の感覚は一緒。
そんなのがわかって、その人の文化背景がわかって、そこからが一歩。
これは究極な例だけど、
お隣に住む、イラン人で日本語の話せないオッチャンから、
お醤油を借りられたら、、、しかも日本語で!
あなたは相当な、
グローバル感覚人間です!笑
おもしろかったり、ためになったら、ぽちっと~
ランキング↓↓↓ ぽちっと!よろしく! ↓↓↓








