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【日本一時帰国】アメリカ生活14年後の日本はこう変わっていた!8年ぶりに帰る日本の姿とは?

カテゴリ アメリカ

【日本一時帰国】アメリカ生活14年後の日本はこう変わっていた!8年ぶりに帰る日本の姿とは?この度、思い付きで急にバックパックを片手にキャリーケースを引いて急に日本に弾丸アポなしツアーをしました。

今まで特に日本に帰りたいと思ったことがなかったのですが、急に日本に一時帰国したいと思う出来事がありました。

一週間前位にチケットを買って、私の生まれた故郷、そう東京へ10時間のフライトを経て一時帰国しました。

私が実際にアメリカに14年移住して約8年ぶりに帰った日本がどのように私の目に映ったのか今回はシェアしていきたいと思います。


久しぶりの日本だね!8年ぶりって相当帰ってないんじゃないの?

そうそう、よく知ってるね!周りのママ友達は毎年日本に帰ってる人が多いよ!

そんなに頻繁にみんな一時帰国してるんだね!


逆カルチャーショック!?アメリカから日本に一時帰国して驚いた事や困った事!
逆カルチャーショック!?アメリカから日本に一時帰国して驚いた事や困った事!
宿を取らずに一時帰国して後悔。
なんせ東京生まれ東京育ちの私。

東京に少なくても約30年住んで居たのだから、宿ぐらいその場で抑えられるだろうとかなり甘く見ていた私は、日本に着いて一日目から天罰を食らうのでした。

空港で関税申告を済ませて、羽田空港を出るといつもと見慣れた羽田空港のロビーが広がっていました。

私はまず、電源をオフにしていたアメリカの携帯をオンにして、無料で充電できる場所を探しました。

充電がなくWi-Fiもない為、まず最初に物凄くてんぱる私が居ました。

そしてATMを探すのも何から何まで一から自分でやらなくてはいけない。まずATMを探してその後コンビニに行って、一万円を両替してもらう為に水を買いました。

何故なら、私が初日から連絡を取りたい相手の電話番号しか分からない為公衆電話から連絡を取らなくてはいけなかったからです。

私がSOSをしようと電話をした人はその日は仕事で迎えには来れないと断られてしまいました。

そりゃ当たり前ですよね。

アメリカに14年も移住していつ帰ってくるか分からない人から急に電話が来たらそりゃ相手もビックリしますよね(笑)。

その後、私が一番信頼しているキムという18歳位からお世話になりっぱなしの年齢は同い年なのだがお兄ちゃん的な存在の親友に真っ先に半泣きの状態でダメ元で電話を掛ける。

もちろん相手は、現時点で何が起きているのか把握できていない模様だが、私が羽田空港で迷子になっている事を察知するのであった。

運よく、キムは仕事が終わったところだったので羽田空港までは家が遠い為車で迎えに行っても二時間位かかってしまうので新宿のアルタ前で一時間後程に会う約束をした。

そこからが大変で、まず充電をかなり満タンにしないといつ携帯がダウンして連絡が取れなくなるか分からない。

その為、充電エリアからなかなか出られない。確か30分程充電をして電車の切符を購入して新宿へ向かう。

乗り換えがまず分からない。

どっちのホームにいけば良いのか、そもそも切符の買い方も忘れている。

そこら辺にいる人々に声をかけてやっとの思いで新宿に着くのだが、今度はアルタがなくなっている(笑)。

てんてこ舞いで次から次へとのしかかる試練に私は気づいた。

「カバン一つで日本に突然、一時帰国するものではない!」

そうなんです。

8年経つと、既に日本の記憶がかなり無くなっている事が分った。

もう既に時遅しでいきなり雲行きが怪しい私の二週間の一時帰国は始まったのでした(汗)。

エアビーというアプリで宿が簡単に取れるという情報をアメリカ現地のママ友から仕入れていた為、簡単に宿が取れると思っていたのですが・・・。

私は結論から言うと、宿をアプリで取って実際に宿に着くまでに8時間もかかりました(笑)。

え?なんでそんなに時間かかったのと驚く人も居るかもしれませんが、充電がなくなりかけて充電が出来る場所を探したり、今度はWi-FiがないからWi-Fiが繋がる場所を見つけたりと本当に大忙しで一日目から相当な後悔と挫折を味わいました。

町がまず違う。

私が知ってる東京の面影はなくなっていて、八年も経つと思い出に残っているお店はなくなっていて宇宙にいきなり頬りだされた気持ちになりました。

エアビーにも相当苦戦しました。泊まりたかった宿がいきなり予約いっぱいになって宿が取れずに、また新しい宿を探しました。

宿が見つかったけど今度は、支払いがクレジットカードでないと払えないのでアメリカのクレジットカードを入力すると、本人確認の認証番号が携帯に飛んできましたがアメリカにいない私は日本では認証番号を受け取ることが出来ず、エアビーでなかなか宿が取れませんで知った。

しかし諦めずに色々な宿を予約してみると、本人認証やクレジットカードの認証を必要としない宿を見つけることが出来ました。

やっとの思いで夜の10時位でしょうか?初日は連泊出来る宿探しが無事終わるのですが、本当キムには多大な迷惑を掛けました。

もし、キムが来てくれてなかったら私は野宿していただろうと思うほどの恐怖体験でした。

私の知っている日本ではなかった。
もう既に初日の出来事を読んでくれた人はお気づきかと思いますが、全てが私の知ってる日本ではありませんでした。

まず最初にびっくりしたのが、コンビニの支払いがパネルになってることでした。

もうそれもビックリで、有人のレジもありましたが多くがお金を払うときにパネルをタッチしてお金を支払いお釣りをもらう機械に代わっていました。

8年前はまだ手でお金を渡して手でお釣りをもらうシステムでしたが、なんだかいろんなお店にも入りましたがQRコードで食べたいものや飲みたいものをオーダーするシステムになっている居酒屋がほとんどで正直、私一人では間違いなくオーダー出来ない程複雑なシステムを導入している日本に驚きを隠せませんでした。

まず初日に日本に着いた私が抱いた印象は、「怖い!」でした。

アメリカって本当にアナログで未だに飲食店の入り口に紙が置いてあって、名前をえんぴつで記入して長い列を待ったりとか余裕でアナログ文化が顕在しています。

もちろんタッチパネルに入力するお店も増えているけれど、QRコードでオーダーしたりするお店は圧倒的に少なくて、日本人がもしアメリカに来たら本当に田舎だと思うくらい手動で行っている文化が根付いています。

QRコードだけではなくて、まず私が思い描いていた町ではなかった事が衝撃的でした。

頭の中に残っている思い出の街並みは基本的にほとんどなくなっていました。

確かに冷静に見てみると、恐らく街並みの中にもまだ古い建物や変わっていない飲食店などはあるのかもしれませんが、8年ぶりに帰った私の記憶もところどころ忘れていたりして自分が思い描いていた東京ではありませんでした。

街並みが違うと、一瞬何処を歩いているのかわからなくなります。

元方向音痴代表としては、アメリカに来てからだいぶ方向音痴が治ったと思ったのですが日本は本当に迷路です。

路地も入り組んでいるし、道がとても多いです。

とにかく私が知っている日本ではなかったというのが本当に言いたい事です。

アメリカと日本の違いに驚く。
とにかく建物が狭いし、思いっきりぎゅうぎゅうに建物がひしめき合っている印象を受ける日本。

一方、人とほとんど会わない位広々としていて何もないアメリカ。

日本に帰って私が一番怖かったのが、人の多さです。

8年ぶりにあんな大量な人に囲まれたら誰だってこれはパニック起こすだろうなと言うくらいカルチャーショックを感じました。

私は地元ではなくて山手線にアクセスしやすい比較的都心部に宿を取ったのですが、あまりの人の多さに最初の3日位はその町から出る事が出来ませんでした。

とにかく人も多いし、私の知っている東京じゃない訳です!!

あんなに毎日乗り回していたJRの山の手線ですら乗り換えが怖く感じます。

同じ面積があるとしたら、日本は恐らく100人位その面積に物凄い人口密度を抱えていますが、同じ面積でアメリカだったら恐らく20人位しかいないんだろうなと思うほど、歩いても歩いても人だらけ。

本当にいきなりあんなに大量な人に囲まれたら誰だってパニックになるわって思うほど、人生でなかなか経験しない人口密度に衝撃を受ける日々を過ごしました。

あんた何言ってるの(笑)?ってそこのあなたはきっと思ったはず。

だってあなた東京生まれで東京育ちなんでしょ?

そんな人込みなんて慣れてるはずじゃない?って思うと思うんです。

それが全然違うんですよ。

アメリカに14年も住んで居ると本当にアメリカ人になって行ってるんですね。

私もここまで逆カルチャーショックがあるのかってビックリしましたが、本当に時々日本に帰らないとダメですね。

特に今回は、子供や旦那をアメリカに残して久しぶりに人生初の一人旅だったのです。

だからこそ余計に全て一人でやらなくてはいけなくて(自分で選んだんだろw)。

本当に本当に、一時帰国した日々は衝撃的な刺激的な毎日でした。

二週間何も予定が入っていない事に気付く。
本当私ってすごい馬鹿って思ったのが、当たり前だけど急に日本に帰ったら予定は未定(涙)。

ちょっと待って明日から私どうやって暮らしていこう。

本当気付くのが遅すぎるのですが、宿は取れたけど次の日から予定が全くありません。

そんな時に活躍するのがライングループ!

地元の小学校中学校の友達が複数所属してくれているグループに初めてメッセージを数年ぶりに送るのです。

「今日本に一時帰国しています。誰か暇だから私と遊んでください。」

どんどん既読になっていくメッセージにはなかなか返事が来ません(涙)。

そりゃそうだわ。急に平日の夜中に変なメッセージがアメリカに住んで居る私から届くのだからそりゃそーだわ。

誰も信じてくれないのか。それとも状況を理解するのに時間がかかっているのか。

もう返事がないから今度は私は個別に一人ひとりにメッセージを夜な夜な送信し続けます。

もう同級生だけではありません(笑)。

ありとあらゆる情報網を駆使して、14年前からずっと仲良くしてくれている友達にSOSのラインを送り続けました。

結論から言うと、今回の二週間の旅はすべての日に会ってくれる友達が奇跡的に全部埋まったのですが、みんなからクレームが来ました!

「今度は事前に連絡してから日本に帰ってこい(笑)!」

そりゃそーだと私も思いましたよ。トホホ・・・。

でも、なんか急に「あっ京都行こう!」みたいなノリで、「あっ日本帰ろう!」って思っちゃったんですもの。

まー結果、仲いい友達は14年の月日を経ててもみんな関係性は変わっていなくって、よくライン電話で話を時々してたりと細く長く繋がっている人が多かったので意外と電話したらすぐに予定を開けてくれる人が多かったのが本当にありがたかったです。

でも、本当に急に日本に一時帰国する事は絶対おすすめしません(笑)!

本当に毎日色々な人とのやり取りやスケジュールをBOOKしていくのが大変でした。

もー本当適当すぎる私らしい旅行にはなりました(笑)。


8年ぶりに私が日本に帰って気づいた日本の変化。
8年ぶりに私が日本に帰って気づいた日本の変化。
以前より人々が生き生きしていた。
よくネットのニュースやユーチューブで、日本は少子化で、円安だから将来はないとか今の日本は終わっているみたいなニュースをよく見るのですが、実際に日本に8年ぶりに帰った一時帰国者の目には14年前より生き生きしている人々が印象的でした。

確かに電車に乗っていても、子供をあまり見かけなくなったなとは思いました。

何処を歩いても高齢者というかある程度年齢が上の私たち世代の様な年配が増えているなという事も肌で感じましたが、だからと言って人々が悲観している様子もなくてむしろ14年前、当時私が銀座で仕事をしていてOLをやっていた時よりも電車の中の空気と言うか重たいオーラみたいなどよめきは消えていました。

私がイメージしていた日本とは全然違くて、日本に帰ってきて実際に生で見る日本人は若々しくて元気で病んでいる人が少ないイメージを受けました。

もちろん、私が見ているのは表面上だけの人々なのかもしれませんが、今回友達にも約30人程二週間と言う短い時間で会いましたが、みんな生き生きしている印象を受けました。

日本に住んで居るとどうしても悪い部分に目が行きがちなのかもしれませんが、意外とまだまだ日本は大丈夫と言う印象を受けたのが意外でした。

思ったほど外人は居なかった。
これもネットのニュースの見過ぎかもしれませんが、インバウンドがひどい日本はどこへ行っても外人だらけみたいな印象を、アメリカに住んでいる私は受けていたのですが実際に東京や埼玉などいくつかの都市にもお邪魔しましたがどこの駅もそれほど外人が増えた印象はありませんでした。

なんなら、8割くらいが日本人で2割くらいが外国人と言う比率のような印象を受けました。

コンビニのレジはもちろん店員は外人さんが目立っていましたが、外を歩いている人々を人間観察してみると14年前と変わらない位の外国人の比率かなっと個人的に感じました。


日本人は相変わらず温かかった。
これは日本の変化ではないのだけれど、私が絶対にブログの記事で言いたかったことの一つだ。

日本人はとても優しくてまじめで誠実な性格という事は変わっていなかった。

私はもう既にアメリカ人だ。

日本に帰ったって一人じゃ何もできなかった。

そんな私がこの二週間、何もトラブルなく生活出来たのは、紛れもなく日本人の優しさだったのだ。

私が迷子になりそうになると、様々な人に声をかけてヘルプを求めた。

時には若い人や、私と同じくらいの人々や、ビックカメラで働いている店員さんに駅のキヨスクでアルバイトしているお姉さんなど、道端だったり店の中だったり、電車の中だったり様々な人に助けを求めて2週間の日本一時滞在は無事終える事が出来たのですが、本当に様々な人が親切にしてくれました。

なんか携帯のアプリを駆使して、次の電車が特急か急行なのか。

そしてどの電車に乗れば早く着くのかなどを細かく調べてくれる人々が多かったのが非常に印象的でした。

また、初日アルタ前で待ち合わせしたのですがアルタはもうありません。

新宿で私よりも若いまさにz世代と言われる人々に道を尋ねる機会が多くありましたが、彼らはアルタを知りません。

しかし同じく携帯を駆使して、アルタ前がどこなのかを調べてくれて目的地まで案内してくれました。

14年間日本を離れていた私から見た日本は、まだまだ捨てたもんじゃない。

素晴らしい私の知っている日本はまだここにあると言う手ごたえを感じました。

確かに物価は上がっている。
確かに14年前の物価で止まっている私の記憶と比べると遙かに物価は上がっているなという事は感じました。

しかし、簡単に言ってみると現在のアメリカ$と日本円の相場は大体3倍位だろうと思います。

アメリカの収入も日本の収入の三倍近くあります。

アメリカの物価も日本の約三倍くらい違うかなという印象を受けました。

それでも昔の様に、牛丼が300円で食べられる時代は現在の日本には存在しているはずはなく、お昼やランチも比較的高めの1.000円前後という印象を受けました。

色々買いたいものが沢山あったはずの私ですが、やっぱり円を使う風習がない私はいざ日本に舞い戻ると、意外と買い物をしない自分に気付きました。

今回は、急な旅行だったので海外旅行用のクレジットカードが間に合わなかった為に、日本に残してきた日本口座に入っている日本円をATMで降ろして買い物や生活費に充てたのですが、思ってた以上に散財しませんでした。

私がどうしても欲しかったものが、パナソニックのナノイードライヤーと眼鏡です。

眼鏡のフレームやレンズの加工や薄型などのレンズの種類はやっぱりアメリカより多いと感じました。

値段も日本円で作る方が安いし、アメリカにはない豊富な種類の中からフレームを選ぶことが出来ました。

パナソニックのナノイードライヤーは絶対に買いたくて、39,000円だったかな?

少しお値段貼りますが、購入して帰りました。

日本に帰って感じたのが、白髪の人が少ない印象を受けました。

もちろんこれは私の周りの今回出会えた30人ほどの友達の統計ですが、それでもみんな髪の毛が黒々していて綺麗な髪の毛や肌を持っている人が多かったです。

やっぱりアメリカの紫外線は非常に強いんだろうなと感じました。

私は子供を産むまでは、白髪は一本もないほどなかったのですが、38歳で子供を産んでからは年々白髪が増えています。

それを予防そしてこれ以上増やさない為にもナノイードライヤーの購入は必須だった訳です。

大体買い物はそれくらいであとはちょっとしたコスメやスキンケア用品を少し購入したのと、あとは食品ですね。

お土産は大体ダイソーで買いましたが、品ぞろえも豊富だったので色々な食べ物を購入してアメリカで待っている私の家族へのお土産にしました。


日本に一時帰国して私の心境の変化とは?
日本に一時帰国して私の心境の変化とは?

私は以前からブログで絶対にアメリカの生活の方が好きだし私にはあってると豪語してきました。

しかし、あっさりと日本に帰りたくなりました(笑)。

やっぱりそれだけ日本に帰ると、アメリカ生活がいかに過酷なのかという事を思い知るからです。

アメリカに8年間日本に帰らなかった時は、日本の良いところが見えません。

アメリカの生活自体が本当に私の当たり前になってしまっていて14年間の生活で完全に私はアメリカ人になってしまっていると思っていました。

しかし、日本に帰ってみると日本の友達や生活のしやすさ、便利さそして日本人の温かさなど普段アメリカ生活では見えない小さな沢山の幸せに気づきます。

私はお金があればアメリカに住み続けたいってずっと思っていたし、なんならこの数カ月前まではリタイヤしたらマレーシアで第二の人生を歩んでも良いかななんてママ友としょっちゅうおしゃべりをしていた位、日本にまた永住するという選択肢を持たない人間でした。

しかし、そんな私の心を動かしたのはやっぱり古くからの知人達や仲間でした。

何故か私に会った人々はみんな口を揃えて、「早く帰ってこい。」と私に言いました。

多くの人が「また来年ね。」と言って別れを告げるのですが、私まだ来年も日本に帰ってくるなんて一言も言ってないよ!って思いました。

何故か分かりませんが、私の友達はみんな私の帰国を心待ちにしているようでした。

私はいろんな人にどうしてかと尋ねました。

もうアラフィフに近づこうとしている日本で暮らしている日本人は、日常生活に刺激はほとんどないそうです。

毎日、会社の往復や子育てに家事で日々終わるようです。

私の様にアメリカ生活を楽しんで毎日色々な人と交流したり、自分の固定概念や常識を壊すような日々の成功体験は、日本人にはあまりないとみんな口を揃えて言っていました。

もちろん、すべての人がそうだという訳ではありませんが、平凡な日常しかないとみんな口を揃えて言っていたのが印象的でした。

なので私の話はとても新鮮で、日本では聞けないような貴重な経験だとみんなが口を揃えって言っていたのが印象的でした。

そう思ってもらえて私もとても嬉しかったです。

私が14年間胸を張ってアメリカ生活の困難や試練にも立ち向かった姿は、自然と周りのみんなに勇気や希望を与えていた事に気付けて本当に良い経験になりました。

日本に帰らなかった理由は、もちろん日本にあまり興味がなかった事が大きいのですが一番の理由はやっぱり旅費等が高いので節約したいという希望を優先していました。

なので口ではアメリカ生活の方が断然良いなんて言っていても、時々もちろん日本が恋しくなることもありました。

でも私の恋しくなる理由は、やっぱり友達でした。

今回も、友達みんなに歓迎されて帰りも空港までベンツで送ってくれたり、いきなり羽田空港について駆けつけてくれる友達やお金を払おうとしても全然払わせてくれない友達。

本当に沢山の愛をこの上なく受け取ったとても素敵な旅になりました。

私がまた日本に永住したいと思わせてくれるような素晴らしい旅になったことは少しでもこの記事を読んでくれている人に届いたら良いなと思ってこの記事を書いています。


まとめ
【日本一時帰国】アメリカ生活14年後の日本はこう変わっていた!8年ぶりに帰る日本の姿とは?

今回は、アメリカに永住14年の私が8年ぶりに日本へ一時帰国した時に感じた純粋な気持ちとそして旅の内容についてまとめてみました。

あまり参考にはならない内容かもしれませんが、少しでも共感してくれたりなんか心に残る内容があったら嬉しいです。

アメリカから見える日本と日本の中から見る日本は全然違うんだなと言う印象を持ちました。

海外生活を楽しむ方法や、ホームシックの乗り越え方などの記事をシェアしている訳ですが、実際に日本に帰って古い知人との再会は私の気持ちを思い切り揺さぶるような人生でも衝撃的な出来事の一つになりました。

どっちが良いとかどっちが好きとかそういう話ではなくて、時間が経ってもやっぱり故郷は懐かしく特別なんだという事が私の実体験で分かりました。

いつ私は日本に永住するのか分かりません。

この先10年何が起こるかは未知数です。今は日本に帰りたいという気持ちが強くなりました。

でもこの気持ちを消す必要はなくて、素直に日本が恋しいと思った気持ちをここに残しておきたいなと思いこの記事を書きました。

またまた長くて拙い文章ではありますが最後までお付き合い下さりありがとうございました。

最初はどうなる事かと思ったけど結果オーライだったんだね!

そうそう。本当弾丸で急に日本に未計画で帰るのが私らしいよね(笑)?!



この記事を書いてる人
2012年の冬からカリフォルニアに移住したそこら辺にいる日本人。
結婚を機に英語が全く話せない英語ゼロからの渡米を経験し、語学学校への留学を経験し現地で現在在宅で仕事をしています。
アメリカの現地ブログが少なく、ビザ申請や移住関係の体験を基に私の様に海外で暮らす人々(主にアメリカ情報)へ分かりやすく現地情報を発信したいと思いこのブログを立ち上げました。拙い初心者のブログですが是非読んで下さると嬉しいです!

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ブログ紹介

It's my life.

https://itsmylife-itsnotyourlife.blogspot.com/

アメリカ永住者のカリフォルニアベイエリア付近の情報アメリカブログ。アメリカ移住・語学留学・ビザ申請・グリーンカード(永住権取得)・現地グルメ情報などアメリカに関する生活お役立ちブログです。主婦独自の目線で現地からアメリカ生活をレポート。コスメやアメリカグルメ情報も多数!!サンフランシスコ・サンノゼ・マウンテンビュー・サニーベール・サンタクララ・クパティーノ・シリコンバレー等。海外在住者の経験談を元にまとめています。女性の働き方も一緒に考えるブログです。

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